Ⅸ 無償の愛

 僕が公園に着いた時にはすっかり夜になっていた。公園のベンチにあかりさんの霊とSさんが座っていた。あかりさんは僕を見るなり優しく微笑んで〝ありがとう。〟と呟いた。あかりさんは琴音ちゃんの遺体が警察によって発見されお母さんとも対面も済んだ事を教えてくれた。霊には距離や時間は関係なく、その気になれば離れている場所で何が起こっているか分かるようだ。〝あかりさんは君に御礼を言う為に待っていたんだよ〟とSさんが言った。〝お詫びとお礼ね〟そう言うとあかりさんは自分も琴音ちゃんの霊をお母さんの元に還してあげなければと思いつつ、一人になる寂しさと二人でいる時の楽しさに勝てず、ずるずると時間が経ってしまっていた事を詫び、その状態にケジメをつけさせてくれたとして僕に礼を言った。僕を責めず穏やかな笑顔で淡々と話すあかりさんを前に、僕の心の中に『間違った事をしたのでは無いか。』という迷いが込み上げ、僕の表情は曇った。するとあかりさんがベンチから立ち上がり、僕の前に立った。そして僕の目を真っ直ぐに見つめながら首を横に振った。僕は溢れる涙に頬を濡らしていた。

 〝もう思い残すことは無いわ〟そう言うとあかりさんはSさんに向かって頷いた。Sさんは頷き返すと合唱してお経を唱え始めた。その声は慈しみに満ち、あかりさんは静かな笑みを湛えながらその目を閉じた。僕の胸に到来していたさまざまな感情の波も凪いでいくのを感じた。あかりさんの姿が薄くなっていく…そして会釈をしたように見えたのち、あかりさんの姿は見えなくなった。

 

 放心状態の僕を現実に引き戻したのはSさんの話だった。〝あかりさんはね、本当にひどい虐待を受けていたんだよ。亡くなったのも衰弱した上での餓死に近いそれでも…〟Sさんの言葉が嗚咽おえつで途切れた〝…それでもあかりさんは両親を悪く言わないんだよ!逆にパパとママに会いたいって!〟それだけ言うとSさんは嗚咽に抗えず口を閉ざした。僕も目頭が熱くなるに任せて涙を流していた。


 どれぐらいの時間が経ったのか、気が付くとSさんの呼吸も落ち着き、僕の涙も止まっていた。〝帰ろう。〟とSさんが言い、僕達は歩き出した。

 公園の脇に停めてあった車にSさんが乗り込みエンジンをかけた。ウィンドウが下がりSさんが顔を覗かせた。〝できれば今回で最後にしたいね、こういうのは。〟と言いながらもSさんの顔は笑っていた。車が動き出した。走り去ろうとする車に僕は深々と頭を下げた。


おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クローバー🍀 内藤 まさのり @masanori-1001

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ