後日談4 また、二人で(1)

 懐かしく嬉しい匂いとともに目が覚めた。その匂いの元は私に寄り添って、まだ眠っているようだ。

 その素肌の胸元にそっと手を当てた。嬉しいような何かもどかしいような気持ちが湧いてきて、ついその胸元に頬を寄せる。


 ……ん?


 太ももに当たっている何かがむずりと動いた。それに気づくと同時に、たくましい腕に捕らえられた。

「ふひゃっ」

「んー、リリ……」


 私をしっかりと抱きしめたシアが私の狼の耳を優しくんでいる。

「シア、起きてたの??」

「今起きたーー」

 シアはそう言いながら、私を抱いた反対の手で背中を撫でまわす。その手はだんだんと下に下がり腰からさらに……


「え…… シア??」

 昨晩の今朝で……?

「リリが可愛くてさ。な?」

 愛嬌のある笑顔で私の反応を窺うように言う。そんな風に言われると、突き放せなくなる。

 それに、私も…… 嫌じゃない……



 ちょっとベッドから出るのが遅くなっても、朝の鍛錬は欠かせない。いつもより少なめのメニューをこなし、家に戻って汗を流してから、アニーの作った朝食をいただく。


「今日から魔王領だからな」

 向かいに座るシアが、そう言いながら厚切りのハムを挟んだパンに齧り付いた。



 この星の本来の神であり、この星その物でもあるギヴリスを解放する事が出来たが、まだこの星の安定には魔力が足りない。人間たちに傷つけられたこの星は、滅びの寸前まで力を失っていった。


 元々この星の『人間』は、ギヴリスの『餌』として彼の父神によって作られた生物なのだそうだ。だから力も魔力もとても弱く作られている。

 ギヴリスたちはそんな人間たちに強い血を入れようと、魔力の高いエルフを作り、生命力の強い獣人を作った。そして、人間の文化を向上させる道具を与える為にドワーフを作った。


 それらの血と文化は少しずつ人間の中に組み込まれていった。

 そしてギヴリスは生きる人間を食らう事をやめ、代わりに死んだ者たちの魂を取り込むことで、その身の糧とした。


 この星の人間たちの持つ魔力はまだまだ弱い。だが神の国から来た『勇者』の強い生命力を、ギブリスに注ぎ込むことができれば、その命をより永らえる事ができる。

 だからマーニャさんは、勇者を呼ぶことも彼らを殺すことも止めなかったし、止められなかった。彼女は彼女なりに、この星を救おうとしていた。



 王都の西地区の外れにある私たちの家。その地下室にあの頃の討伐隊の皆が残した思い出たちが残されている。

 そのうちの勇者だったルイの名前が付いた箱の中に、神の国の花の種が入っていた。

 何故こんなものをルイが持っていたのかはわからない。でもギヴリスはそれを見て「これは使えるね」と言った。


「神の国の者たちは、この星の者たちに比べてとても生命力が高いんだよ」

 それは人間だけではないそうだ。

「この花たちも、きっとこの世界を力で満たしてくれるよ」



 魔王領が暗いのは黒い霧が立ち込めているからだ。

 でも黒い霧は悪しき霧ではない。漏れ出したギヴリスの魔力の色が黒いのでそう見えているだけなのだ。

 そして、ギブリスの魔力がこの地に住まう者たちにまとわりついているのは、彼らを守るためだ。それほどにこの地での生活は、つらく厳しい。

 土地は枯れ、作物は育たず、当然それを糧にする獣も居ない。でもそんな地でも魔族や魔獣たちが生きていけていたのは、この黒い霧に守られていたからなのだそうだ。


 この枯れた魔族領の地に神の国の花の種を撒くことが、私たちに与えられた次の仕事だった。


「どうせなら食える作物の方が良かったんじゃねえか?」

 そんな現実的な事を、シアが言う。


「うん、そうだね」

 笑いながら答えた。

「でもこれが咲いたらきっと綺麗だよ」

 ルイは、可愛いものが大好きだった。そのルイが選んだ花だもの。きっととても綺麗に咲くのだろう。


 そおっと両の手で花の種を包み込み、優しく魔力を注ぎ込む。

「よろしくね」

 そう小さく言葉を添えて両の手を広げると、花の種は魔力に包まれながらキラキラと魔族領の大地に散っていった。


 こうやって少しずつ、魔族領を回っていくんだ。

 先へ進もうとシアに声をかけようとしたとき、王都にいるアニーから呼び出しが届いた。

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