131(本編最終話) 終局(2)
「「「お帰りなさいー!!」」」
皆の声に合わせてジョッキを掲げた。
討伐隊が王都に帰ってから十日が過ぎた。今日の『樫の木亭』は身内と常連さんだけの貸し切りで、私たちの祝勝会だ。
テーブルに並べられているのは『樫の木亭』店主のトムさん、奥さんのシェリーさんが私たちの為に用意してくれた料理だけではない。常連さんたちが持ち寄ってくれた料理やお酒も、たくさん並べられている。
定番の串焼き肉は、オークキング、ワイバーン、ミノタウロスの
ヤマキジのモモ肉のローストには、ガーリックとペッパーを効かせたソースがかかっている。骨のところを持って豪快にかぶりつくのが定番の作法。
籠に山と盛られたパンはロディさんが持ってきてくれたものだ。バターの香りのするパン、クリームやチーズが練り込んであるパン。ナッツやレーズンが入ったものもある。
こっちの皿には沢山の
その隣の皿にはサンドイッチが。これはロディさんの持ってきたパンに、マーカスさんの持ってきたベーコンを野菜と一緒に挟んだものだ。さっそくシアさんがつまみ食いをしていた。
もちろんサラダも各テーブルに並べられている。今日はそれだけでなく、キラキラとカラフルな野菜のゼリー寄せも並べられている。これはミリアちゃんが作ってくれたそうだ。
「うわあ、すごいごちそうだね」
「だろー! 俺、これが好きなんだよな! ギルは『焼き鳥』って食べた事あるか?」
並べられた料理に、ギヴリスとニールは嬉しそうに目を輝かせている。
「そちらは偉いお方だというのに…… 貴方は順応が早すぎます……」
アランさんが、もう諦めたように零した。
ニールは今回の魔王討伐の褒美として、あの家を譲り受けたいと願ったのだそうだ。そして今までのように町で暮らして、皆と一緒に冒険者をやりたいんだって。
さらに来月にはお母様――つまり、アレクを王都に呼んで一緒に住むらしい。
魔族領から帰ってきたら、彼女の病気は嘘のように治っていたのだと、ニールが嬉しそうに教えてくれた。魔王たちが消えて呪いが解けたのだろう。
ちなみにアランさんの護衛騎士としての任務もそのまま継続で。つまりアランさんもあの家で、また一緒に暮らすんだそうだ。
「まあ、ニールはああいうヤツだよな」
デニスさんがエールを片手に串焼きを頬張りながら、アランさんに向かって笑って言った。
討伐隊としての後片付け仕事が落ち着いたら、デニスさんは
「爺様、スパルタだからなぁ。デニスみたいな生真面目なヤツの方が好きなんだろう」
そう言いながら、シアさんが空になったジョッキを掲げると、ジャスパーさんが慌てて注文を取りにきた。
「ジャスパーくん、ごめんね。もう少ししたら私も手伝うからね」
皆にサラダを取りわけていたミリアちゃんが、ジャスパーさんに言った。それが聞こえたらしく、カウンターからシェリーさんの声が飛んできた。
「いいのよ。そいつはまた家出してどこかをほっつき歩いていてたんだから。ほらほら、その分しっかり働きなさいな」
それを聞いて、ジャスパーさんは私たちに苦笑いをしながら、厨房へ注文を伝えにいった。
ジャスパーさんがメルに化けていたのは内密の事だったので、当然『樫の木亭』の主人であるご両親にも教えてはいない。その結果、ジャスパーさんは彼なりに頑張っていたのに『家も修行もほっぽって遊び歩いていた』と言う事になっているらしい。
これから教会での仕事も忙しくなるはずだ。ケヴィン様にフォローをしてもらえるようにお願いしておこう。
「ねえ、君は巫女の力を強く持っているようだね」
ギヴリスが人懐こそうな口調で、ミリアちゃんに話しかけた。
ミリアちゃんは、神仕えの一族である
「ほら、今度王都に新しい神様の神殿を作るだろう? 良かったらそこの巫女をやってもらえないかな?」
突然の話にミリアちゃんは首を傾げる。そして隣の私に小声で話しかけた。
「ねえ、ギルさんってリリちゃんのお友達なんでしょう? 新しい神殿の関係者?」
「あーー、うん。そんな感じかな?」
まさか、その神本人だとはとても言えない。
「でも、私は獣人ですよ?」
「別に人間だけの神様じゃないから、種族は関係ないんだよ」
ギヴリスの言葉に、うーんとミリアちゃんは考え込んだ。
「特に難しい事はないよ。あと他に仕事をしているなら、空いている時間だけでもいい。僕も手伝うし」
「ええと、じゃあ後で詳しいお話を聞かせてもらってもいいですか?」
てっきり『樫の木亭』の仕事があるから断ると思っていたのに。ちょっと驚いた。
「ミリアちゃんいいの?」
「うん。皆が頑張ったのに、私は待っていただけだもの。でも私にも皆みたいに何か出来る事があるのならって、そう思ってね」
そう言って眩しいくらいに可愛らしく微笑んだ。
* * *
デニスさんはミリアちゃんを送ってくるからと、『樫の木亭』の前で一度別れた。
シアさんと二人で夜の道を、西地区の外れにある私の家へ向かって歩く。
あの時…… 私が怒りで獣化してしまった時に、止めてくれたのはデニスさんとシアさんだった。
そして、我を失って周りの声が一切聞こえていなかった私の心に、直接届いていたのも二人の声だった。
『獣使い』のスキルを持ってる者とマスター登録をすると、戦闘時には緊張感や警戒などが互いにわかるようになる。でも心の声までが届くとは聞いたことがなかった。
それに、シアさんとはマスター登録はしていなかったはずだ。
でも最後に聞こえたのは、確かにシアさんの声だった。
「あー、あの時か…… お前、マスターのデニスの声も聞こえてなかったからさ。ニールに言って、一時的に俺にリーダー権を渡してもらったんだ」
頭を掻きながら彼が言った。
――獣戦士にマスターが付くパターンは、おおよそ二通りある。
一つは『獣使い』スキルもちの冒険者とペアになる場合。
もう一つは…… パーティーのリーダーが『獣使い』スキルをもっている場合。
そうか、だからあの時だけは、私にはマスターが二人居た事になるんだ。
二人の声までが私の心に聞こえたのは…… マスターだったから、だけじゃない……気がする。
討伐隊の任は終わったので、デニスさんとはマスター登録を解消した。
シアさんがリーダーだったのはあの時だけだし、もうパーティーは解散している。
私には今、マスターは居ない…… けれど……
「ああ、そうだ…… あのさ…… 以前言っていた、もう会えない好きなヤツって……メルの事だったのか?」
「え?」
「ち…… 違うのか? だって、メルはアッシュの恋人だったろう。だから…… えっと……」
ああ、そうか。シアさんはそんな事まで気にしていてくれたのか。
「あれは、恋人のフリですよ」
「え? そうなのか?」
「マーニャさんが作った『シナリオ』通りに見せていただけです」
「ああ、あれか…… って、なんで『シナリオ』なんて?」
「マーニャさんが言っていたじゃないですか、民衆を飽きさせない為にと」
本当はもう一つ…… ルイの心を誰かに向けさせる為でもあったのだけれど、それは本人であるシアさんには言わない方がいいだろう……
「あーー、言ってたな…… そんな事までしていたのか……」
うんうんと、難しい事を考えるような顔をして、シアさんが
「じゃあ、誰の事だったんだ? あ、いや…… 言いたくなけりゃ言わなくてもいいけどよ」
そう言うと、きまりの悪い様子で視線を
でも、言わないと。
この先何が起こるかなんてわからない。いつ会えなくなるかもわからない。
今は、今しかない。そのうちになんて思っていると、いつその時を失うかわからない。
でも、少し怖い。緊張を散らそうと、ふぅと大きく息を吐きだした。
「シアさんの事です」
私の言葉に頭を掻いていた彼が、こちらを向いた。
伝えたい事は言わないと伝わらない。
私はその事を、今はちゃんと知っているんだから。
「私の…… マスターになってもらえませんか?」
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(メモ)
獣使い(#7、#15)
会いたい人(#1、#70)
マスター(#7)
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