131 終局(1)

 魔王領から戻った魔王討伐隊の一行は、大教会前の広場に民衆を集め、二つの事を報じた。


 一つは、『魔王』を完全に倒した事。もう復活して人間の国をおびやかす事はない。

 もう一つは、その戦いの為に大司教様と元神巫女のマーガレット様が御身おんみを犠牲にされた事。


 『魔王』を完全に倒す為には、最も神に認められし者の力が必要だったのだと。

 それを民衆の前で語ったのは、勇者たちと一緒に帰還した前討伐隊の一人、サマンサ様だった。


 15年前にサマンサ様が教会を抜けたのは、今度こそ『魔王』を完全に討ち果たす方法を探す為であった。

 そしてサマンサ様と合流した勇者たちは、大司教様とマーガレット様の協力の元、見事これを成し遂げた。


 さらに彼らは、一柱の神を救い出した。その神はシルディス様と対になる男神で、彼の力を悪用していた『魔王』により、魔王城の奥で封じられていたのだ。


 もう『魔王』は完全に滅ぼされた。これからは真の平和がやってくる――


 これが民衆に知らされた、今回の魔王討伐の経緯いきさつだった。



 サムの姿に化けたのは私だ。彼女の日記に残されていた魔力をまとって『変姿の魔法』を使った。その間は、アニーに私の姿になってもらった。

 ジャスパーさんもメルの姿を纏って、民衆の前で演説をした。

 その後サムとメルは、また教会の奥にこもって民衆の前から姿を隠す事になっている。その辺りは神巫女のローザ様とジャスパーさんが、教会内でうまくやってくれるだろう。



 民衆への演説が終わると、マコトさんはあっさりと『神の国』へ帰っていった。

「今度は君たちが遊びにおいでよ」

 なんて言っていたけれど、そんな簡単に行けるものなのかな?


 そう思ってギヴリスに聞いたら、彼となら行けてしまうんだって。

「マコトと連絡とれるようにしておかないとね」

 とか、嬉しそうに言っているし。どうやらスマホを使うらしい。


 * * *


 ギヴリスが目覚めたあの時、彼は討伐隊の皆の前で私に頭を下げた。

「リリアン、嘘をついていてごめん。本当の君は……」


 ……わかっていたよ。多分、ずっと前からわかっていた。

「私も聖獣なんだよね」

「うん、フェンリルだよ」

 彼はうなずいた。

 獣人の国の北方に住まう大黒狼。あまりの荒々しさに神によって封印されていた聖獣。それがフェンリルだ。


 いつだかドリーさんが言っていた。聖獣たちは神が作ったと。

 神の一部作られた聖獣たちは、神に近しい力を行使する事が出来る。だから私にも神秘魔法が使えていたし、魔族領に入ってもマジックバッグが使えていたんだ。


「ごめんね。聖獣だって教えたら、世界が救えなくなるから……」

「え? なんでだ?」

 当たり前のように私の隣で聞いていたニールが、不思議そうに言った。


「うーんとね、本当は僕ら神族が世界の進退に直接力を貸してはいけないんだよ。それは禁忌とされている。聖獣たちもつまりは僕らの遣いだから、本当ならばこういう事に直接関わっちゃダメなんだ」

 ギヴリスは多分すごく大事な事を、さらりと話した。


「自分がただの獣人だと、リリアンが思っているうちなら、ギリギリ禁忌に触れないで済むんじゃないかと思って。あと強い意志を持つアシュリーの魂だったら、荒々しいフェンリルの意思も抑えられるし。あれは強いんだけど、人間を食べちゃうからね」

 またギヴリスがすごい事を言って、さすがにニールだけでなく、居合わせた皆がぎょっとした顔をした。



「それから、もう一つ嘘をいてた。ごめんね」

「え?」

「正確にはアシュリーの魂は、一度も死んではいないんだよ」


 え……? じゃあ、私は……?


「魂が死ぬ前にフェンリルの体に移しただけだから。だから君はアシュリーのままだよ。まあ、アシュリーの体は死なせてしまったけれど」


「それって何か違うのか?」

「この世界の者たちの魂は、死んだら散って世界の魔力になってしまう。でも僕ら神族は、体が死んでも新しい体で生まれ変わる。新しい体でも僕らは僕らに変わりない。それと同じだよ」


 ……そういえば……

 確かにギヴリスは『私は私のまま』だと、そう言っていた。


「ぅえー? よくわかんないけど…… 結局リリアンはアシュリーさんでもあるんだよな」

「うん、それでいいんじゃないかな」

 そう言ってギヴリスとニールは、二人で揃えたように私の方を見て微笑んだ。


「難しい事は考えないでいいんじゃないかな。リリアンはリリアンなんだし」

「だよな。アシュリーさんが居たから、今のリリアンもあるんだろ?」


 私の前世はアシュリーだけれど。前世は前世だから、私はアシュリーではないと思っていたけれど。


「そっか……私はアシュリーでもあるんですね」


 アシュリーはもう死んでしまっている。だから想い人に、もう会えないんだと、そう思っていた。

 でも私はリリアンでもアシュリーでもあるんだ。だから、あの想いは、私の……


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(メモ)

 聖獣(#28)

 フェンリル(Ep.21)

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