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閑話9 ラントの夜/ある娘の体験談(1)

「117 ラントの町再び/シアン」の、その晩の話です。

※直接的な描写はありませんが、性的な内容を意味している表現が多くあります。ご了承ください。


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 『英雄は色を好む』という言葉を、姉様から聞いたことがある。


 酒で有名なこの町には、多くの冒険者が立ち寄る。その為、この店のような春を売る店もたくさん立ち並んでいる。

 その中でも一番人気のこの店に、ぱっとしない私が勤める事が出来たのは運が良かったのだろう。

 決して安くはないこの店にくる客は比較的行儀がよい者が多く、おかげて面倒なトラブルに巻き込まれる事もなく済んでいる。


 そんなこの町に、勇者様のご一行が訪れたらしい。

 一行の中には、第二王子のウォレス様がいらっしゃるそうだ。姉様方は一目見たいと落ち着かなく騒ぎ立てた。

 さらに今まで表舞台に全く顔を出すことのなかったニコラス様もいらっしゃると。


 私もそのお姿を一目見る為に町に出たいと思ったけれど、すでに遅い時間で店の営業は始まっている。あわよくば明日の出立時にお見掛けできればいいのだけれど。そう思って諦めた。



 町に勇者様ご一行がいらしていても、店の中ではいつも通りの日常だ。

 この仕事が好きな訳じゃない。この仕事でないと生きられなかっただけだ。

 店の客の自慢話ににこにこと笑って受け答えをし、一生懸命自分を売り込む。好きではなくても、得意でもなくても、自分を買ってもらえなければ生きていくこともできない

 酔っぱらって乱暴にする人は怖いし、とても嫌だ。それでもお金の為に、相手をするしかなかった。


 その日がいつも通りじゃなくなったのは、少し遅い時間になってからだった。

 早いうちは時間制で身を売っていた女たちは遅い時間になるほどに、一晩買ってくれる相手を探し始める。それは客の方もわかっていて、一晩を求める客たちは敢えてこの時間を選んで店に来る。


 来客のドアベルの音に応えた出迎えの挨拶が、いつもより慌てた様子なのに気付いて顔を向けた。

 まさか、本物の王子様がこんな店に、しかもこんな時間に来るなんて。つまりはそういう事が目的なのだろう。


 姉さま方は今まで相手をしていた客をほっぽって、ウォレス様の隣に座りたがった。それはそうだろう。上手く彼のお眼鏡に叶えば、こんな生活からも抜け出せるかもしれない。

 でも私にはそこまで自信はない。器量良しでもなければ、話が上手いわけでもない、もちろん人気もない。一度だけテーブルに料理を持っていき、間近で王子様のお顔を見る機会を得て、それだけで満足していた。


 しばらくすると、また店が沸き立った。

 次に来店したのは、元討伐隊のシアン様だ。王都からの広報で、今回の討伐隊に同行している事は聞いていた。おそらく先に来た王子様の護衛としてやってきたのだろう。


 その予想通り、シアン様はウォレス様と同じテーブルに着き、弱い酒を選んだ。隣に座る女性に鼻の下を伸ばすような事もしない。


 でも、シアン様には各地に『お気に入り』を作っているらしいとの噂がある。シアン様に気に入られた女性は、その店で『お墨付き』として大事にされているらしいとも聞いた。

 そんなシアン様が、この店で女性に興味を示さないのは仕事中だからだろうと、裏でそんな話をしていた。


 しばらくして、その風向きが大きく変わった。

 ウォレス様は彼がただ護衛の任として付き添うだけな事を嫌がって、彼にも女性を買って部屋に入るように言ったのだ。



 シアン様から『大人しい女性を』との要望があり、急ぎ店の奥に今晩の相手が決まってない女が集められた。

 シアン様がそう望まれても、女側はそういう訳にはいかない。なんといっても、あのシアン様の『お気に入り』になれるかもしれない、またとないチャンスなのだ。

 シアン様の要望を無視して、店のナンバーツーが彼の元へ行った。でも、すぐに返された。


 次々と姉様方が何人も彼に目通しされ、また返されてくる。いい加減、彼の機嫌が悪くなってきたようだと、何人目かの姉様が言った。


 元討伐隊の一人だ。不機嫌で暴れるような事はさすがにないとは思いたいが、ないとも言いきれない。そのもしもの事があったときには、体に痣を作る程度では済まないだろう。


 そう思ったのか皆が一歩退き、それに乗り遅れた私が女主人の眼前に残された。

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