Ep.22 アシュリー(1)

 このまま裏口から帰るようにと、彼に勧められた。

 理由わけを聞くと、彼は決まりが悪そうに視線をらせてから、ぽつりと話した。


 彼の兄貴分たちは、どうやら私の体が目的らしいと。


 そんな事だろうと予想はしていた。

 クエストの最中に、私の体を舐め回すように眺めている視線を感じたのは一度ではなかった。

 打ち上げだと誘われたこの店で、自分のグラスにだけ強い酒を注がれたのにも気付いていた。

 私はああまたかと、そう思っただけだった。


 そんな事は今までにもよくあった事で、すっかり心が麻痺していた。

 だから彼に帰れと言われて、ああそんな選択肢もあるんだと、ようやく思い当たった。馬鹿だな私は。奴らを酔いつぶしてやればいいんだと、そんな風にしか考えていなかった。


 彼に手を引かれ店の厨房を横切り、裏口から外に押し出された。急いで宿を変えるようにと、彼の言葉を残して扉は閉まった。



 卑猥ひわいな男どもの相手をすることも、無理に強い酒を飲むことも、痛くてつらくて嫌なことも、何もしなくて済んだ。


 でも、私を逃がした彼はどうなるのだろうか?

 クエストの最中にちょっと怪我をしただけでも奴らに怒鳴り散らされていた彼は、私が軽く回復魔法をかけただけで何故か怒られていた彼は、また奴らに怒鳴られたり怒られたりするんじゃないだろうか。


 * * *


 傷だらけの彼を引き取って、宿屋に連れて帰った。

 表情が見えない程に腫れた顔。血や彼自身の汚物にまみれた服を脱がせると、当然のように痛々しい傷とあざだらけだった。


 浅く湯を張った湯舟に座らせ、湯に浸した手ぬぐいで体を拭く。

 傷に染みるのだろう。たまに彼の顔が痛みで歪む。湯はすぐに汚れで濁った。


 汚れを落としたところから傷薬を塗ろうとして手が止まった。

 私のような者に体を洗われるなど、彼は嫌に思うだろうか。ましてやこうして触れるなど。


 いや……もしそうだとしても、彼をそのままにしてはおけない。

 のちに叱られたりうとまれたりしたとしても、今は彼の傷を癒す方が先だ。


 傷薬を塗り、回復魔法をかけてやると少しは落ち着いたのだろうか。ベッドに横たえさせると、そのまま眠ってしまった。


 良かった……


 そう心で呟いた自分に、自分で驚いた。

 私が他人に対して、こんな感情を持つなんて…… 自分には冷たい感情しかないと思っていたのに。


 ただ生きるだけに精一杯だった自分が、誰かに対してこんな気持ちを抱くだなんて、思ってもみなかった。


 * * *


 私にとっては信じられない言葉だった。

 一緒に……

 一緒に町を出よう、と……


 今まで、ずっと一人だった。

 流れ着いた町のギルドで、一時的にパーティーを組むことはあったが、それもその時だけの事だった。

 それどころか、邪な目的で誘われた事もあった。


 彼は私がどんな汚い事をしたかを知っている。それでも彼が私と一緒に居てくれるのは、恩義からかそれとも行く場所が無いからだろうと思っていた。

 でも、この町を出て一緒に旅をしてくれると、そういう事なのだろうか。


 少しだけ、彼も今までの男たちと同じではないかと思う気持ちもある。でもそれならそれでも構わない。どうせ私の身はすでにけがれている。

 疑うよりも彼の事を信じてみたいと、そう思った。


 * * *


 王都に来て、今までの自分には無かった物を沢山得る事ができた。

 これと言うのも、彼のおかげだろう。


 他の冒険者と話す時、また酒場で他の客や女性たちと話す時に、彼の人懐っこく気さくな口調は皆に受け入れられやすいようだ。

 あれが彼なりの処世術なのだろう。私には無いものだ。そのおかげで不愛想な私でも、こうして皆に普通に受け入れられている。


 彼が私に向けてたびたび口にする好意的な言葉も、そのうちの一つなのだろう。

 それでもその言葉が私の心を穏やかにさせてくれている。


 彼を私の元に縛り付けているのは、過去の恩義なのだろう。きっと彼の義理堅さがそうさせているのだろう。

 そうだとしても、私は十分救われてる。

 この時間を手放したくないと、そう思ってしまうほどに……



 闘技大会に出たのは、元々は自分の意思ではなかった。彼が勧めてくれたからだ。

 彼だけでない。ギルドの他の冒険者たちも同様に出場を勧めてくれた。

 私が勝ち進めば、このギルドの為にもなるのだと、ギルドマスターは言った。


 正直、『英雄』になるだとか魔王を倒すだとかは、私にはどうでもいい事だった。

 私の事を信じてくれる彼に応えたかった。

 こういう時、彼はまるで自分の事のように喜んで笑ってくれるのだ。その笑顔が、また見たかった。


 でも『英雄』になったら旅にでなければいけないのだと。ここで彼と別れるのが惜しくなった。

 だから彼を『サポーター』に推挙すいきょしたのは、私の我儘わがままだ。


 ダメだな…… 私は……

 彼の恩義を利用して、ずっと彼を縛り付けている。

 もう私に貸りなどないのだから、彼は自由になってもいいのに。


 こんなけがれた私なんかに…… とらわれている必要はないというのに。


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(メモ)

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 (Ep.7)

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