Ep.22 アシュリー(2)
メルは人が愛せないのだと、そう言った。
その自分が、人を愛するふりを命じられているのだと。
どんな理由かはわからないが、私を口説き落とす様に命じられたらしい。
おそらく…… サムが言っていた事が関係しているのだろう。
彼女の持っていた手帳には、この討伐隊の予定が色々と書かれていた。今までの事だけでなく、この先の事まで。そしてサムとメルの関係についてまで。
その予定通りに流れが進むように命じられているのだと、そしてメルもその駒の一つなのだと、サムは言っていた。
それならその命令通りに、私と恋人になればいい。
いいや、ふりだけすればいいんだ。お前がトラウマから自分の意思では女性を抱けない事は知っている。私もそんな事は望んではいない。
今日の様に、こうしてお前の部屋で飲んで、そのまま夜を明かせば周りにはそう思われるだろう。
穢れている私なんかがお前の相手でも構わないのならば。そんな私と噂になることを、お前が嫌と思わないのならば。
大丈夫だ。私には好意を向けている相手も、居ない。
なにより私には人に愛される資格はない。
上の命令に従っているふりをしてやればいい。もう教会の言う事を聞く必要はない。
お前が望む自由を手に入れる為なら、私はお前に協力しよう。
メルだけじゃあない。この一行は私の大事な仲間だ。
望まれて生まれる事ができずに居場所のなかった私に、初めて出来た家族同様の大切な仲間たち。
そんな皆の望みをかなえる為になら、私はこの身を尽くしたい。
それが、私の望みだ。
* * *
扉を開けたのは、ルイだった。
祭壇の宝箱を見つけたのはアレクだった。
メルが妙な魔力を感じると言った。
サムがアレクとルイに止まるように言ったが、遅かった。
罠だった。
部屋の中央に差し掛かった二人の足元に、見た事もないような大きな魔方陣が浮かびあがる。
それを見て彼女たちを助けようと駆け出したのはクリスだった。私はその後を追った。
先を走っていたクリスの手が、アレクを追っていたルイに届いた。
ルイの手を引いて、私の後ろから駆け込んできていたシアの元へ引き飛ばした。
動きを止めた二人の横を駆け抜けて、もう3歩先にいるアレクに手を伸ばす。
もう一歩、届かない。
アレクが足元の魔方陣に気付いて後ずさりすると、その手を掴むことができた。後方に居るクリスにむけて、彼女を引き戻す。
アレクをクリスが受け止めたのを見て、自分も身を戻そうと振り返る。
視界の中、アレクとクリスの向こうに、彼らの姿が見えた。
シアがルイを腕に抱き、大丈夫か?と、彼女の名を呼んでいる。
その姿に、何故か胸が痛んで足が止まった。
瞬間、足元から激しい衝撃を受けた。
「アッシュ!!」
メルの叫び声が聞こえた。
そのまま上に突き上げられ、ぐるんと世界が回った。
胸に激しい痛みを感じ、喉元に上がってきた何かを吐き出した。赤い血の色をしていた。
ようやく、自分が巨大な魔獣の
ああ、何をしていたんだ、私は。
ルイを守れと、シアに命じていたのは私自身だったのに。
彼女の名を呼ぶシアに、彼女を抱きとめるシアに、こんな時に私は何を思ってしまったのだろうか。
「くそっ!!」
自分自身への怒りの言葉と共に、己を捉える巨大な魔獣の顎に向けて、手にした剣を思いっきり突き刺した。
魔獣は不快そうにくぐもった声を上げたが、牙を緩める事はなかった。
それどころか、胸に食い込んでいた魔獣の牙がさらに深く刺さった。しかもどういう事か、剣は抜けなくなってしまった。
ああ、これではいけない。もうダメだ。
でもこの腕輪は守らないと。これがないと魔王が倒せない。
それなら……
自身の右腕を刃に当て、思い切り力を籠めた。
焼けるような痛みとともに腕が落ち、これで大丈夫だと、
「アッシュ!!」
彼が私の名を呼んでくれる。
ああ…… 最後にそれが聞けて、良かった……
魔王を倒す事ができれば、クリスの望みは叶えられる。
もうアレクはクリスと真っすぐに向き合えるようになった。王都に帰れば幸せになれるだろう。
サムもお姉様に認めてもらえるだろう。彼女はいい神巫女になれる。
メルもこの旅が終わったら、教会を抜けて自由になると約束をした。
ようやくルイを故郷に帰してあげる事ができる。
シア…… すまない…… ずっと私がお前を縛り付けていた。
これでお前は自由になれるんだ。私に囚われる事は、もうない……
でも…… ああ、でも…… 本当は……
一緒に生きたかった……
* * *
ぽたぽたと水の音が聞こえた。
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(メモ)
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