127 愛しさと後悔と/シアン(2)

◆登場人物紹介

・魔王討伐隊…

 リリアン…前世(前・魔王討伐隊『英雄』のアシュリー)の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。『サポーター』

 シアン…前・魔王討伐隊の一人、今回の討伐隊の顧問役。昔、討伐隊になる前にアシュリーに救われてから、ずっと彼女に想いを寄せていた。

 デニス…『英雄』の一人。幼い頃、師事を与えてくれたアシュリーに、憧れ以上の気持ちを抱いていた。

 マコト(勇者・異世界人)、ニール(英雄・リーダー)、アラン(サポーター)、マーニャ(英雄)、ジャスパー(サポーター)


・アシュリー(アッシュ)…リリアンの前世で、前・魔王討伐隊の『英雄』。長い黒髪で深紅の瞳を持つ、女性剣士。魔王との戦いの前に魔獣に食われて命を落とした、と思われていた。


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 二人のアシュリーは同時に動いた。

 互いに向かって真っすぐにぶつかると、二度三度と切り結ぶ。離れてはまた間髪入れずに刃を合わせる。二人とも恐ろしいほどの勢いで。


 俺だって、元討伐隊の一員だ。そこいらの冒険者よりはずっと戦い慣れているはずだ。でもその俺が、二人の動きの間に割り入る事ができない。


 片方のアッシュが、わずかに眉間にしわを寄せた。その瞬間、もう一人のアッシュが彼女の剣を弾き飛ばした。飛ばされた剣が俺の足元まで転がってくる。


 剣を失ったアッシュはそのまま壁際に追い詰められ、もう一人の剣に首元を押さえつけられた。


「シ……シアン……」

 喉元に剣を当てられ、苦しそうな声でアッシュが俺の名を呼んだ。こちらを見るアッシュの赤い瞳が何かを訴えている。俺を…… 俺を待っている……


 あれは…… あのアッシュは……


「違う」

 大丈夫だ。俺はわかっている。


「お前はアッシュじゃない」

 そう言うと、俺を見ていたアッシュはニヤリと笑って魔獣の右腕でアッシュに切りつけた。

 咄嗟とっさにアッシュが飛び退しさったところへ、魔物の牙をきながら襲い掛かる。


 その二人の間に飛び込んで、アッシュの牙を剣で受け止めた。牙をとらえた所為せいで動きが取れない俺に向けて、さらに魔獣の爪が振り上げられる。

 その爪が俺に当たる前に、アッシュの剣が魔獣の腕を切り落とした。


 アッシュの牙から解放された剣をすかさず構え直して斬りつける。もう片方の腕が切り落とされ、アッシュの体はバランスを崩してよろけて倒れた。


「俺が…… 俺が倒さないと!!」

 その彼女にむけて、もう一度剣を大きく振り上げ――


「ダメだ。シア」

 アッシュの声がした。


「私たちは『英雄』じゃない」


 あ……

 そうだ…… これは…… 俺だけの戦いじゃない。


 武器と両腕を失ったアッシュは、ハァハァと獣の息遣いを漏らしながら、ただこちらをにらみつけている。


「シアンさん」

 デニスの声に気が付いて見回すと、それぞれの相手を倒したらしい。周りに仲間たちが集まっていた。

 デニスの不安そうな顔はともかく、ニールまで泣きそうな顔をしている。

 なんて顔してるんだよ。お前、リーダーだろう?


「ニール、こいつにとどめを刺せ」

「ええ!?」

 俺の言葉に驚きの声をあげたニールに、さらにアッシュ…… いや、リリアンが、アッシュの姿と口調のままで声をかける。

「わかっているだろう? とどめを刺すのは『勇者』か『英雄』でないといけない。私たち『サポーター』がとどめを刺してしまっては、無駄になる」


「……でも…… シアンさんが……」

 戸惑ったように俺の顔を見る。

「お前がリーダーだろう。俺の代わりにやってくれ」

 そう言うと、ニールは黙ってうなずいた。


 ニールがアッシュの前に歩み出た。

 両の腕を落とされたアッシュはよろよろと立ち上がると、残る牙を剥いてニールに襲いかかろうとした。

 ニールは歯を食いしばると、アッシュをにらみつけながら駆け込んで剣を振り払う。胸元を横一文字に斬り払われた彼女の足が緩むと、ニールはさらに両手で剣を持って振り上げた。


 その身にニールの聖剣が深く突き立てられると、アッシュの形をしていた物は不気味な叫び声をあげて崩れた。

 その体は黒い霧と一緒に細かい砂のようになって空に散って消え、最後に彼女の骨だけが残る。

 そして、ガランと骨が落ちた音が広間に響いた。


 俺はその光景を、瞬きもせずにただ黙って見ていた。



「……アッシュ……」


 ひざまづいて、アッシュの頭骨を拾いあげる。

 わかっている。これはもう彼女じゃない。ただの骨だ。


 でも…… でも……

 頭ではわかっていても、そんなに簡単に割り切る事なんてできやしない。


 俺の所為だ。全部、俺の所為だったんだ。


 アッシュを守れなかったのも。

 捕まったアッシュを助けに行けなかったのも。

 魔族にされたアッシュを倒すことが出来なかったのも。

 そうして、再び出会った彼女にこんなものを見せてしまったのも……


 愛しい頭骨を抱きしめたまま顔を上げた先に、アッシュが立っている。

 いや、あれはリリアンだ。アッシュの生まれ変わりだ。


「シア、立てるか?」

 彼女はこんな俺を責めるでも許すでもなく、ただそう言って俺に手を差し出した。

 その手に俺の手を重ねると、懐かしい手の温もりで、つかえてた心がすぅとほどけていった。

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