127 愛しさと後悔と/シアン(1)

◆登場人物紹介

・魔王討伐隊…

 リリアン…前世(前・魔王討伐隊『英雄』のアシュリー)の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。『サポーター』

 シアン…前・魔王討伐隊の一人、今回の討伐隊の顧問役。昔、討伐隊になる前にアシュリーに救われてから、ずっと彼女に想いを寄せていた。

 デニス…『英雄』の一人。幼い頃、師事を与えてくれたアシュリーに、憧れ以上の気持ちを抱いていた。

 マコト(勇者・異世界人)、ニール(英雄・リーダー)、アラン(サポーター)、マーニャ(英雄)、ジャスパー(サポーター)


・アシュリー(アッシュ)…リリアンの前世で、前・魔王討伐隊の『英雄』。長い黒髪で深紅の瞳を持つ、女性剣士。魔王との戦いの前に魔獣に食われて命を落とした、と思われていた。


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 暗闇から現れたアッシュは、恐ろしくも悲しい程に、15年前とほとんど変わっていない。

 ただ、彼女が自身で切り落とした右腕だけは、黒くいびつな魔獣の腕になっていて、他の魔族と同じように禍々まがまがしい黒霧をまとっていた。


「……アシュリーさん??」

 信じられないというように、デニスも彼女の名を呼んだ。デニスにとっても、彼女は幼い頃の大切な思い出の一つで。その思い出のままの姿を見せられているのだろう。


「……あれが、4体目の上位魔族、ですか?」

 怖いくらいに冷静な声で、リリアンが言った。


「あれは……前回の『英雄』のアシュリーね。死んだはずじゃなかったの?」

 怪訝けげんそうな声でマーニャが言う。

「ああ…… あいつら、死んだアッシュを魔族にしやがったんだ……」



「なるほど。でも倒すだけです」

 そう言って、リリアンが駆け出した。

「リリアン!?」


 俺らの声を聞いても、リリアンはその足を止めようとはしない。ゴーレムたちに行く手を阻まれるが、彼女は獣人の機動力でそれらを難なくすり抜けていく。

 そのままアッシュに向かって勢いよく鉤爪クローで斬り込んだ。が、アッシュはそれを横に跳んで避けた。


 リリアンは一度地に足をつけるとその踏み込みで方向を変え、もう一度アッシュの方へ駆ける。再び斬りつけた鉤爪クローは、今度はアッシュの剣で受け止められた。

 一瞬だけ留まったように見えたが、そこから互いをはじき飛ばす。


「まて、リリアン! どうするつもりだ!?」


「倒します」

 後方に飛ばされながらも器用にくるりと回って着地すると、冷めたような声で答えた。


「魔王を倒す為にはを倒して、ここを抜けなくてはいけないんでしょう?」

 そう言うと、またアッシュに向かって駆け出した。再び彼女の邪魔をしようとゴーレムたちが立ち塞がる。

 が、後方から飛んできた水魔法と火魔法が、ゴーレムたちを吹き飛ばした。


「何をしているの!? 女の子一人に戦わせるつもり!?」

 いつの間に、マーニャとジャスパーはロッドをゴーレムに向けている。

 マコトはニール、アランと一緒に巨大な魔獣に向けて、すでに駆け出している。


「シアンさん!」

 デニスは俺の名を呼ぶと、自らはゴーレムに向かって剣を向けた。


 そうだ。俺が…… 俺が倒さないと……

 俺が倒せなかったんだから。


 はぁーと一つ深呼吸をして、アッシュに向けて駆け出した。



 リリアンが鉤爪クローで斬りかかると、アッシュの剣がそれを受け止める。

 互いに拮抗きっこうしているのか、そのまましばしにらみあう。が、リリアンはアッシュに押し弾かれ、リリアンの鉤爪クローは外れて遠くに飛ばされた。


 そのすきをついてアッシュに斬りかかった。彼女はつまらなそうにこちらに視線を向けると、俺の剣戟けんげきを軽々と自らの剣でいなす。

 何度か繰り返した後に、剣を持たないもう片方の手が直接俺の剣を受け止めた。


 名匠ゴードンの鍛えた剣だというのに、その刃は彼女の手のひらを薄く傷つけただけだった。すぅと、傷からにじんだ血がぽたりと垂れる。

 人間と同じ…… 赤い血が……


 アッシュは傷ついた手を気にする様子もなく、俺に向けてすこしだけ優しく微笑んだ。


『シアン、会いたかったわ』


 アッシュの……声だ……

 あの時に失った、俺の愛しい人。俺が生きていた理由。

 彼女の顔で、彼女の声で、俺の名前を呼ぶ。


 想いが、記憶が、剣に込めた力を緩めた。


 次の瞬間、吹き飛ばされて壁にぶち当たった。背中に受けた激しい衝撃で、一瞬息が詰まる。アッシュに剣ごと横に払い飛ばされたらしい。


「く、くそっ……」

 わかっていたはずなのに。あれは本当のアッシュじゃない。

 あの時と同じで。ああして俺の心を惑わせようとしているんだ。

 でも、俺には……


「シア、私を見ろ」

 別の方からアッシュの声がした。


 顔を上げると、アッシュがこちらを見ている。

 さっきのアイツじゃない。あれは…… リリアン……?


「あれはただの私の抜け殻だ。

 そう言って、アッシュは長剣をアッシュに向ける。アッシュは、アッシュの姿を見て、ニヤリと笑った。


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(メモ)

 右腕(Ep.17)

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