107 二人の実力/シアン(2)
◆登場人物紹介(既出のみ)
・シアン…前・魔王討伐隊の一人で、前『英雄』アシュリーの『サポーター』。
・リリアン…前世(前・魔王討伐隊『英雄』のアシュリー)の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。姿を変える魔法を使う事が出来、人間の騎士の姿に扮する時には『リリス』と名乗っている。
・ニコラス(ニール)…前英雄クリストファーの息子で、現国王の甥。正体を隠して冒険者をしている。
・ウォレス…シルディス国の第二王子で、金髪、碧玉(ブルーサファイア)の瞳を持つ美青年。自信家で女好き
・ケヴィン…人間の国シルディスの先代の王で、2代前の『英雄』
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先に動いたのはウォレスだった。真っすぐにニールに向かい、手にした模擬剣で切りつける。対してニールは最低限の歩数でそれを流す様にかわした。
余りにもあっさりと避けられた事で、ウォレスが一瞬だけ戸惑いの表情になった。
が、すぐに踏み込み直し、そのままの勢いで薙ぎ払う様にニールに剣を振った。
そのまましばらくの間、二人はただ剣を交わし合っていた。強く踏み込んで攻めていくウォレスに対して、受けてばかりのニールは観客からは力不足に見えるだろう。
でも違う。あれはただ受けているんじゃなく、受けて、流している。
ウォレスの剣は決して悪くはない。王族とは関係なく、普通に騎士になっていたとしても、あの腕があればそれなりに名をあげる事もできただろう。
しかし型が綺麗にはまりすぎていて実戦向きではない。おそらく実戦の経験も薄いのだろう。同じ騎士相手の試合と、魔物相手の実戦では勝手が違う。
そして、その
「くっ! ちょこまかと!!」
そのスキをつき、ニールがウォレスの剣を自らの剣でひっかけ、弾き飛ばした。
試合を止める審判の声は上がらない。
ウォレスは急いで模擬剣を拾い上げると、ニールに向かって構え直して声を張り上げた。
「山猿の癖に……!! 相変わらず生意気だな」
「うるせえ!」
ニールも負けずに叫び返す。
「お前みたいな女の扱いも知らないヤツに『英雄』が務まるわけがねえんだよ!!」
ウォレスはそう言うと、またニールに向けて剣を振った。
二人の
「女の扱いとか……王族の『英雄』になるのにそんな条件があるのか?」
「いや、私は聞いた事がないな」
ケヴィン様も知らないという事は、そんなものは無いのだろう。
「おそらくですが、聞いた話で誤解されているのではないでしょうか。クリストファー様のもう一つの任務は『勇者と恋仲になれ』だったそうですし」
続いてリリスが言った言葉に、いつぞや3人で話した事を思い出した。
「えーっとつまりは、あいつは勇者を口説くつもりなのか?」
「おそらく。今までの歴代の勇者は殆どが女性でした。次の勇者も女性である可能性が高いかと」
リリスはさらりとそう言ったが、可能性が高いだけで必ずではないんだろう? もし勇者が女性でなかったら、その任務は誰が受けていたんだ?
15年前の討伐隊の一行であれば、王族の『サポーター』のアレクサンドラか? いや、彼女にそういう役は無理だろう。それならば、冒険者の『英雄』のアッシュの役目になっていたのか?
そして、次の英雄が
不快な想像をしてしまい、そっとリリスの顔を盗み見て、すぐに視線を闘技場に戻した。
相変わらず、決着がつく様子のないギリギリのせめぎ合いで、二人は剣を交わしている。
しかしよく見れば、ウォレスは肩で大きく息をしているし、対するニールは少しも息が乱れていない。でも今一つ、ニールが踏み込めていないようにも見える。
「ふむ……」
今まで黙って隣で見ておられたケヴィン様が小さく声を上げた。
「リリス、シアン。お前たちから見てあの二人はどうだ?」
「まあ、見ての通りでしょう。ニコラス様の方が僅かに動きが良い。そして基礎能力は明らかに高い。ウォレス様の息が上がっているのは無駄な動きが多い所為もあるが、スタミナの差もあるのでしょう。元々、ニコラス様の特訓をリリスが手掛ける事が決まった時点で勝負は決まってた様に思います」
俺に続いて、リリスは意外な事を口にした。
「私はウォレス殿下が『英雄』でも問題はないと思いますが」
「ほう?」
「私が討伐隊に入りますから。彼は死にはしません」
「……なるほど、其方に守られるだけの、お飾りの『英雄』か」
ケヴィン様の言葉に、リリスが微笑みだけで応えた。
今の彼では役に立つことを期待もできない。その程度だという事だ。
ふぅーーと長く息を吐いてから、ケヴィン様が立ち上がる。
それを見た審判が中断を指示し、二人は交わしていた剣を下ろした。
「ウォレス、ニコラス。手を抜かずに、もう一度やり直したまえ。大丈夫だ。回復師の準備はある」
ケヴィン様の言葉を聞き、ニールが不安げにこちらを見た。俺ではなく、隣のリリスの表情を
リリスの頷きを見て、ニールは改めてウォレスの方を向き直し、模擬剣を構え直した。
再び、開始を告げる声が響く。
勝負は一瞬でついた。
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(メモ)
いつぞや3人で話した(#83)
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