Ep.19 旅の宿
どうやら隣の大きな町で祭りが開かれるらしい。その
やっと見つけた町の外れの宿の空き部屋も、ベッドが一つしかない部屋なのだそうだ。
「でも大きなベッドだから、恋人同士なら構わないだろう?」
私と彼は恋人同士では無い。しかし二人旅で、今までも同室だったことは何度もあった。今さら同じ部屋で休む事になんの問題もないだろう。
そう思い「それでいい」と答えると、宿の女将はからからと笑いながら、部屋の鍵をカウンターに置いた。
2階の奥の部屋だと言うので、階段を上がる。目当ての部屋に入ったところで、珍しく何も言わずに付いてきていたシアンが、おずおずと声をかけてきた。
「あの…… アシュリーさん。良いんですか?」
「嫌だったか?」
そう尋ねると、
「部屋が空いていただけ運が良かった。ゆっくり体を休めないと明日も朝から歩くのだしな」
お前もちゃんと体を休めろよと言うと、何故か大きなベッドを眺めて緊張したような面持ちを見せた。
先に湯を使っていいと言うので、ありがたくそうさせてもらう。
「俺、夕飯を買ってきます」
そう言って、シアンはバタバタと部屋を出ていった。
今日は宿を探すのにかなり手間取ってたので、遅い時間になってしまった。すっかり腹も減っている。今から食べに出るよりもその方が良い。
湯から上がると、ちょうどシアンが帰ったところだった。
彼が持つ包みからは美味しそうな匂いがしている。こちらを向いた彼がごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。彼もだいぶ腹を減らしているのだろう。
「あ……、良かったら先に食べてて下さい。俺も汗を流してきます」
そう言って、シアンは逃げるように浴室に駆け込んだ。
適当に髪を乾かし、彼の持ち帰った包みを開いてテーブルに並べる。美味そうな串焼き肉、パンにチーズと薫製肉を挟んだサンドイッチは軽く
見ると酒も買ってきてある。軽く匂うと私が良く飲む蒸留酒の
浴室の扉が開く音がして振り返った。
「まだ食べていなかったんですか? すいません」
シアンは風呂上がりのままで、あわててテーブルの向かいに座った。
髪を乾かしてからで良いと言ったのに、放っておいてもすぐに乾くからと言ってきかない。
私を待たせたと思っているらしい。
そんな気を使わなくても良いのに。私がそう言っても彼は聞き入れないだろう。
買ってきた酒は私のだけではなく、彼も飲むのだそうだ。そんなに酒には強くなかったはずだが大丈夫なのだろうか? 一口飲んだ彼が顔をあげると、もう顔が赤くなっている。
「どうした? 無理に酒を飲もうとしているんじゃないか?」
「ああ…… すいません。 変な、緊張をしちまって……」
そう話す間もシアンはなんだか落ち着かない様子で、私の方を見ようとはせずに離れた床に視線を送っている。
何か私に言いたい事があるのに、言いあぐねているような……
やはり本当は、嫌だったんだろうか。
今までも宿で同室になる事はあった。その時にも、彼は何も言わなかったから、さほど気にしていないのだと、そう思っていたが…… さすがに同じベッドというのは訳が違うのだろう。
気にしないと思ったのは、私の勝手な思い込みだったのか。彼には申し訳ない事をした。
口数も少なく食事を進める。私がカップの酒を
「ごふっ」
シアンが軽くむせて、口元を抑えた。飲みなれない強い酒相手に、無理をするからだ。
別のカップに水を注いで差し出すと、それも一気に飲み干した。
「すい……ません……」
なんとか言葉を絞り出している。すでに酔っているのだろう。
「無理をするなと言っただろう」
「……ちょっと頭を…… 冷やしてきま……」
そう言って立ち上がると、ふらふらと浴室に向かう。
心配で声をかけようとしたら、その前に床に崩れて座り込んでしまった。
彼のかたわらに寄って顔に手を当てる。すっかり耳まで真っ赤になっており、目もとろんとしている。
肩を貸して立たせ、なんとかベッドに放り込んだ。
「……アシュリーさん……」
ぼんやりとした様子の彼の口が、私の名を呼ぶ。
「どうした?」
「……俺の事を、どう……思っているんですか?」
……どう、とは?? どういう意味だろうか。
不意に投げられた質問に、心が大きく乱れ、言葉が出せなくなった。
何を答えればいいのかわからず戸惑っているうちに、すうすうと穏やかな息遣いが聞こえてきた。
彼はそのまま眠ってしまったらしい。
なぜ…… あんなことを聞いたのだろうか。
眠っている彼の髪に触れると、まだ少し湿っていた。
このままでは風邪をひいてしまう。目を覚まさせぬよう、そっと温かい風を起こして乾かした。
ベッドから毛布を1枚持って来て、部屋の隅で身を包む。
彼とは違い、私は別にベッドでなければ休めぬわけではない。腐りかけた木の床の上で毛布もなく夜を過ごした事もある。
それに比べたら、これだけでも十分だ。
でも、少しだけ…… 肩が寂しいと感じた。
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