106 誕生日/ニール(4)

◆登場人物紹介(既出のみ)

・リリアン…前世(前・魔王討伐隊『英雄』のアシュリー)の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。

・ニール(ニコラス)……前『英雄』クリストファーの息子で、現国王の甥。正体を隠して冒険者をしている。

・ミリア…『樫の木亭』の給仕(ウエイトレス)をしている狐獣人の少女。ニールの正体を知っている。

・シアン…前・魔王討伐隊の一人で、Sランク冒険者。デニスの兄貴分。ずっとアシュリーに想いを寄せていた。

・デニス…Sランクの先輩冒険者。リリアンに好意を抱いている。

・アラン…デニスの後輩のAランク冒険者。騎士団に所属しながら、ニールの「冒険者の先生」をしている。


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 リリアンに注いでもらった林檎酒シードルを飲みながら、新しくなったギルドカードを眺めている。

 今朝一番に、冒険者ギルドで更新してもらい、(仮)の表示を消してもらった。ジョブ(職業)は剣士になっている。父様、母様と同じ剣士だ。


 その後に、早速デニスさんとリリアンに付き合ってもらって薬草集めやらモーア狩りやらに行き、とんとん拍子でランクは二つ上がりDになった。

 見習いのうちに、皆にオーク狩りやグリフォン狩り、トレント狩りにも連れて行ってもらったので、だいぶ経験値が溜まっていたそうだ。

 土産のモーア肉は早速今晩の焼き鳥にしてもらって、皆に振る舞った。

 聞いた話によると、リリアンが冒険者デビューした時にはホーンラビットを狩って、自分でシチューを作ったって。いいなぁ、俺もリリアンの作った兎のシチュー、食べたかったな。


「ニール、お前闘技大会に出るのを目指していたんだろう? でもこのランクじゃ無理だよなぁ……」

「あ……うん。 まあ、しょうがないよな」


 デニスさんの言葉に苦笑いで答える。

 本当は王族枠で討伐隊入りを目指すだなんて、そんな事を今ここで言えるわけがない。余計な事を言うとボロが出そうなので、それ以上は言わずに笑って誤魔化ごまかした。


「まだやっと冒険者になったばかりだしな。残念だが、次回……は、もし20年後だとすると、35歳か」

「今の俺と同じか。余裕でいけるな」

「おっさんはその見た目で35歳とか、おかしいんだからな?」

 いつものように、ふざけて言うデニスさんの肩をシアンさんが小突いた。


「闘技大会に出場するのに年齢制限はないですよね? 今回、シアン様はお出にならないのですか?」

 アランがさりげに話の矛先ほこさきをシアンさんに向けてくれた。


「ああ、確かに何度も討伐隊に選ばれたヤツもいるな。出てもいいんだけど、今回俺は別に役目があってさ。それに俺が出ちまったら、皆が張り合いなくなっちまうだろう?」

 そう言って、ニヤニヤ笑いながら、デニスさんの顔を見る。

「ったく。少しは自重しやがれ」

「はははっ。闘技大会の日には俺も見に行くからな。皆、頑張れよー」


 アランも闘技大会にでるそうだ。いつの間にかAランクになったんだって。俺の知らない間にリリス先生とバジリスクを倒して来たそうだ。ずるいよなあ。

「まあ、おそらく敵わないと思いますが」

 と、俺にだけ聞こえる声で言った。



 いつもよりほんの少しにぎやかなだけの、いつもの『樫の木亭』だけど、今日はこうして俺の誕生日を皆が祝ってくれている。

 こんなの生まれて初めてで、泣きたい程に嬉しくなった。

 気を抜くと崩れそうになる顔を隠す為に、林檎酒の入ったカップを思いっきりあおると中身には林檎の香りしか残っていなかった。


 酒の強さを知るまでは無理をするなと、爺様にもアランにもデニスさんにも言われた事だし、この先はジュースにしておこうと、テーブル上のピッチャーを見るとこれも空になっている。

 当たり前の様にピッチャーを手にとって厨房に向かった。


 厨房では、とっくに仕事に戻ったミリアさんが洗い物をしていた。

「あら、ニールくん。呼んでくれればいいのに」

「いや、これくらい自分でやれるよ」

 彼女の後ろを通り抜けようとした時に、ねえニールくんとミリアさんが改めて俺を呼び止めた。


「なに?」

「今日の誕生日は、『樫の木亭』で大丈夫だったの? 本当ならお城でお祝いがあるんじゃないの?」

 洗い物の水の音で隠しながら、小声で尋ねてきた。


 ミリアさんだけは俺の正体を知っている。王族なのだから、本当なら王城で祝いの宴があるのだろうと、それを気にしてくれているんだ。

「『樫の木亭』がいいんだ。こうして皆が祝ってくれるのが、凄く凄く嬉しいよ。今まで友達に祝ってもらえるなんて、なかったからさあ」

 この言葉に嘘も隠す事もない。だから普通の声で答えた。


 ミリアさんは、安心したように微笑むと、元気に声を張り上げた。

「ニールくんの為に作ったんだからね。たっくさん食べてね!」


 手を挙げて応えると、奥にあるジュースの樽の前に向かった。 


 来年の誕生日には、俺はここではなくて王城にいるんだろう。『英雄』になれなくても、王族だって事は知れてしまう。そうしたら皆も今みたいに気軽には接してくれなくなるかもしれない。


 昼に聞いた、父様と母様の話を思い出した。王族だって知られても、両親の様にここで皆と楽しく過ごせたらどんなにいいか。

 また皆とクエストにも行きたいし、また焼き鳥やオークカツを食べながらわいわい騒ぎたい。


 いいや。ミリアさんだって、俺の正体を知っても以前と変わらぬように接してくれているじゃないか。

 きっと大丈夫だ。だって、俺たち友達だもんな。


「おーい、ニール! 主役がどこ行ってるんだー!?」

 ホールから、デニスさんの張りのある声が聞こえてくる。

 俺を呼びよせてくれるその声に、なんだか嬉しくなった。


 うん、きっと大丈夫だ。だから俺は精一杯、今を頑張るんだ。


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(メモ)

 オーク狩り(#9、#57)

 グリフォン狩り(#48)

 トレント狩り(#78)

 リリアンのデビュー(#1)

 闘技大会(#6)

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