106 誕生日/ニール(3)

◆登場人物紹介(既出のみ)

・リリアン…前世(前・魔王討伐隊『英雄』のアシュリー)の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。

・ニール(ニコラス)……前『英雄』クリストファーの息子で、現国王の甥。正体を隠して冒険者をしている。

・ミリア…『樫の木亭』の給仕(ウエイトレス)をしている狐獣人の少女。ニールの正体を知っている。

・シアン…前・魔王討伐隊の一人で、Sランク冒険者。デニスの兄貴分。ずっとアシュリーに想いを寄せていた。

・デニス…Sランクの先輩冒険者。リリアンに好意を抱いている。

・アラン…デニスの後輩のAランク冒険者。騎士団に所属しながら、ニールの「冒険者の先生」をしている。


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 誕生祝いと言っても、先に聞いてたとおりに『樫の木亭』の様子は普段とはあまり変わらなかった。


 いつもの様になんとなく常連のお客さんが店に訪れ、人数が集まったあたりで、皆が杯を掲げて俺の誕生日を祝ってくれた。あとは各々おのおの食べたいものを食べ、好きなように飲んでわいわいと騒ぐだけだ。

 でもリリアンたちが用意してくれたケーキは本当に三段重ねで、これは切り分けられて皆に配られた。



 皆と一緒のテーブルにつくと、改めてもう一度乾杯をする。

「これでニールも見習い冒険者卒業だね」

 リリアンがニコニコと笑う隣に、今はミリアさんも座っている。給仕の合間をぬって俺を祝う為に時間を作ってくれた。相変わらずの可愛い笑顔を見せながら、どうぞと俺の空いたカップにジュースを差し出す。


「なんだ、ニールは酒を飲むんじゃねえのか?」

 シアンさんの言葉に、ミリアさんが傾けかけたピッチャーが止まった。


 この国に子供がお酒を飲んではいけない規律きまりはない。でも未成年には飲ませないのが一般的だ。だから皆、15歳の誕生日にはまず酒の味を試すのだ。

 もちろん、俺もお酒の味には興味がある。


「うん、昼に爺様の所でワインを飲ませてもらったんだ。いい匂いがしたけど、少し俺には辛かったなあ」

「その程度なら、飲みやすいいいワインを出してもらったんじゃねえか? 俺が最初に飲んだワインは安もんだから、とりあえず強くて渋かったぞ」


 そう言って、自分の前にあるピッチャーを手に取って掲げた。飲んでみるかと、そう俺に仕草で聞いている。

 シアンさんとデニスさんが飲んでいるのは、皆も良く飲むエールだ。あれはまだ飲んだことがない。

 カップを差し出すと、シアンさんが楽しそうに注いでくれた。


 初めてのエールは、苦くてビックリした。昼の飲んだワインも、口に含むとわずかに苦味を感じたけれど、エールの苦さはそれ以上だ。でもきっとこれが大人の味なんだな。


 そう思っていると、デニスさんがソーセージとオークのカツを盛った皿を渡して来た。

「これを食ってから飲んでみろよ」


 言われるままにオークカツにかぶりつく。口の中で衣がさくりと音を立て、その次に肉汁と肉の脂が口の中に染み出して来た。噛みしめるたびに、滲み出てくるオークの旨味で口の中が満たされる。

 そして言われたようにその中にエールを一気に流し込むと、カツの脂を流す様にエールが爽やかな香りと共に抜けていく。脂の甘みで覆われた口にはエールの苦味はむしろアクセントになっている気がする。


 なるほど…… お酒ってこうやって飲むんだな。

 皆もただ飲んでばかりでなく、食ったり飲んだりをしているもんな。


「ニールは、酒に弱いって事はなさそうだな。でも酒は美味しく飲まないともったいないから、最初から無茶はすんなよ」

「そうそう、デニスみたいな馬鹿な事はするんじゃねえぞ」

 揶揄からかうように言ったシアンさんに、デニスさんがうるせーと絡んでいった。


 デニスさんとシアンさんは、そこまで酒に強くはないそうだ。というか、二人の口ぶりからすると、むしろ弱い方らしい。

 俺の話からいつもの流れで、話はすでにデニスさんとシアンさんのどっちが酒に弱いかの張り合いになっている。

「普通は強さを競うんですけどね」

 相変わらずですねと、笑いながらアランが言うと、リリアンとミリアさんも一緒に笑った。

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