106 誕生日/ニール(2)

◆登場人物紹介(既出のみ)

・ニール(ニコラス)……前『英雄』クリストファーの息子で、現国王の甥。正体を隠して冒険者をしている。

・ミリア…『樫の木亭』の給仕(ウエイトレス)をしている狐獣人の少女。ニールの正体を知っている。

・ルーファス…シルディス国の第一王子で、ニールの従兄。常識のある人格者


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 ミリアさんに案内された席に向かい合わせで座る。ルーファスの連れの騎士は少し離れた場所で立っているけれど、じっとこちらを見ているので、変な圧迫感がある。

 騎士だけじゃなく、店の皆の視線もなんとなくここに集まっているように感じた。


 ルーファスはいったいどういうつもりなんだろうか?

 ただ『王城の使い』としてここに来たのなら家名までは名乗らないはずだ。でも家名を出したのだから、王族として、俺の従弟としての用事だろうか。そうだとしたら、店に居る皆にも俺の正体がバレてしまう。



「私も読ませてもらったよ。なかなかに面白い企画だね」

 ルーファスは、まずバザーの事を褒めた。


 正直、驚いた。

 不躾ぶしつけなウォレスと違って、ルーファスは俺に向かって嫌な事を言ってきたりはしない、常識人な事はわかっていた。

 それでも俺に友好的な言葉をかけてくる事は今までに一度もなかった。嫌われてはいなくても、さほど俺の事を気にしてはいないのだろうと、そう思っていたから。


「商業ギルド、冒険者ギルドの共同企画という事で、両ギルド長の確認も得てきた。他のイベントなどに配慮して開催するのなら問題はない。ただし公園を利用する際には、王城への使用許可は1か月以上前には取得してほしい。担当の者にも話を通しておこう」


 それからルーファスが話したのは本当にバザーの事だけで、なんだか拍子抜けした。

 まさか俺の事に気付いてないのだろうかとか、そんな事さえ思った。いやそんなわけはない。ルーファスもウォレスも、俺が今は愛称のニールを名乗っている事は知っているはずだ。


「あとはここに君のサインを入れてくれ」

 しばらくの事務的な話の後に、ルーファスは俺の前に書類を1枚置いて指で示した。


 名前……って、本名を書かないといけないのだろうか……

 そう思って、ルーファスの顔をちらりと見た。


「君は冒険者なのだろう。名前を書けばいい」


 それを聞いて「ニール・エドワーズ」と、ちょっと慣れないサインを入れた。


「ニール・エドワーズ君だね」

 読み上げるルーファスの声が、そこだけ少し大きくなった気がした。


「そう言えば、正式に冒険者になったのは今日からだと聞いたが」

「は、はい。今日が15歳の誕生日で……」


「そうか、誕生日おめでとう、ニールくん」

 そう言って、ルーファスは俺に向かって優しく笑いかけた。

 そして、

「私は君の父親を、尊敬しているんだ」

 この言葉だけ周りには聞こえないような、小さな声で言った。


 ようやく俺は…… 何故ルーファスが自らここに来たのか、その理由に思い当たった。そして、わざわざ彼が家名を名乗った理由も。


 国王に嫌われている俺は、王城で皆に今日を祝われる事はない。爺様とは昼食を一緒にして祝いの言葉を貰ったが、たったそれだけだ。それでも俺に不満などは全く無かったのだけど。


 ルーファスは、俺に直接祝いの言葉を寄せる為に来てくれたのだろう。そして、自分との繋がりが皆に分からぬよう、俺には母方の実家の家名を名乗らせて。


 * * *


 ルーファスが帰ると、店はまたちょっと騒ぎになった。


「まさかルーファス様がこんな店に自ら来るとはなあ……」

「おいおい、こんな店とは失礼だな。こんな店でも、クリストファー様御用達だったんだぜ」

 客の言葉に、トムさんが自慢げに返した中に、父の名前が出てきて驚いた。


「え……と……クリストファー様が……?」


「ああ、アシュリーとシアンが、何度か討伐隊の皆様を連れてこの店に来ているんだ。勿論、『勇者』ルイ様も、メルヴィン様も来たぞ」


 トムさんの話に続いて、店に居た常連の一人が声を上げる。

「俺もそん時にこの店に居たぞ。あの時は皆で飲んで食って大騒ぎしてなあ…… 飲み比べなんかもしたぞ。王子様とは思えねえ、気さくな良い方だったよ」

「そうそう、あの時はアレクサンドラ様も一緒に居てな……」


 皆の口から次々と、俺の知らない両親の思い出話が出て来て驚いた。

 当時の仲間のアシュリー様やシアンさんが西の冒険者ギルドの出身だったのは知っていた。でもこんな所でこんな形で皆と父様方との繋がりを知るなんて……


 そしてここの皆が父様や母様の事を全く悪しくは言わずに、むしろ受け入れてくれている事に、なんだか温かいような嬉しいような不思議な気持ちが沸いた。



「そういやあ、ニールは貴族だったな。家名があるのも当たり前だよな。さっきはちょっとビックリしたよ」

「俺もう忘れかけてたな」

 また別の常連客たちから声がかかった。ルーファスに名前を読み上げられた時の事だろう。


「まあ、うちは田舎の貧乏貴族だからさ」

 そう返すと、そっかそっかと皆で笑う。


 この居心地の良さに、胸をほっと撫で下ろした。


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(メモ)

・クリストファー…前・魔王討伐隊の『英雄』の一人で、ニールの父親。故人

・アレクサンドラ…前・魔王討伐隊の『サポーター』の一人で、ニールの母親。体調を崩して故郷で療養している。


 バザーの企画(#100)

 悪しく言う(#56、#81)

 店に来た(Ep.6)

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