Ep.17 壊れた時/シアン(1)

◆登場人物紹介(既出のみ)

・シア…冒険者の『サポーター』。栗毛の短髪の青年。アッシュとはこの旅の前からの付き合いがある。

・アッシュ…冒険者の『英雄』。黒髪長身の美人

・メル…魔法使いの『英雄』で、アシュリーの恋人。黒髪の寡黙な青年


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 洗い上がりのアッシュの髪を、いつもの様に乾かす。

「ほら、終わったぜ」

 アッシュは振り向いてありがとうと、いつもの様に返してきた。


 この時間が好きだ。討伐隊になる以前、二人だけで旅をしていた頃から、これは俺の役目だった。

 討伐隊になってからも、変わらずアッシュは俺に髪を乾かさせてくれる。この時間だけは、俺だけの時間だ。

 この後にはいつも、メルがアッシュの部屋に来ることをわかっていたとしても……


 明日からは魔族領に入る。二人の時間を過ごす事はしばらく難しくなるだろう。そう思うと、言葉と手が止まった。

 今、今日のこの時間に言わないと。伝えようと思っていた言葉がなかなか出てこない。


「この旅が終わったら……」

 切り出せずにただ黙っている俺に向かって、アッシュが口にした言葉にハッとした。

 俺も言おうと思っていたんだ。この旅が終わったら……


「もう私に付いて来る必要はない」

「……え?」

 続いた言葉に、目の前の世界がぐるりと回った感覚がした。


「私の所為せいで、お前を縛りつけてる。……お前は自由になっていいんだ」

 そう言ってアッシュはわずかに目を伏せた。


「……アッシュ?」


 俺には……


 俺にはあんただけなんだ。

 俺の命はあんたに救われたんだ。

 俺は…… アッシュが居なければ……


「もういいんだ。自由に…… お前の好きなように生きろ」


 やめてくれ、そんな事は言わないでくれ。

 世界中のどこを探したって、あんたのそば以外に俺の居場所はない。

 俺の居場所は……


 顔を上げると、椅子に掛けたまま俺を真っすぐ見つめる彼女の瞳。

 強い意思、そこにかげりはなく、俺の居場所も……


「……あ――」


 ないのか……?


「私からの話はここまでだ」

 そう言うと、アッシュは立ち上がって窓際に向かった。

 夜の深さを確かめるように窓の外を眺める彼女は、もう俺の顔を見ようともしていない。

 俺はこうして立って居る足元すらあやふやで。でもこのままこの部屋を出ていったら、二度と彼女のそばには戻れない気がしていた。


「アッシュ……」

 背を向けている彼女の表情は、俺からは見えない。


 見えないはずなのに……

「アシュリー……?」


 なんで……?

 ……なんで、彼女が泣いているんだ?


「……話は終わった、さっさと出て行け」


「アシュリー……」


 出て行ける訳がない。

 今まで、俺の前で涙を流した事などなかったのに……


「……こっちを向いてくれ」


 彼女に歩み寄る。背中を向けたままの彼女の肩に手を触れると、びくりと彼女が緊張したのがわかった。


「俺の話がまだだ」


「……そう、だな」


 アシュリーがうつむいたままで静かに振り向くと、ぽたりぽたりとしずくが落ちた。


「……なんで泣いてるんだ?」

「泣いてない」


 彼女の頬に両の手をあて、顔をあげさせる。


「……泣いてはいない」

 そう言いながらも彼女の目から一筋二筋と涙がこぼれ落ちる。


「こんな事で私が泣くわけがない…… ずっと……ずっと独りだったんだ。また独りに戻るだけだ……」

「……アシュリー?」

「またお前が居なかった頃に戻るだけだ…… だからお前は自由になれ…… 好きなところに行け……」


 なんで彼女が泣くのか、俺にはわからなかったし、理由わけを聞く事も出来なかった。


 でもその夜、彼女を一人にしてはおけないと、そう思った。

 そしてこの日、メルはこの部屋には


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(メモ)

 彼女の髪(Ep.7)

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