Ep.17 壊れた時/シアン(2)

◆登場人物紹介(既出のみ)

・シア…冒険者の『サポーター』。栗毛の短髪の青年。アッシュとはこの旅の前からの付き合いがある。

・アッシュ…冒険者の『英雄』。黒髪長身の美人

・ルイ…神の国から来た『勇者』の少女

・メル…魔法使いの『英雄』で、アシュリーの恋人。黒髪の寡黙な青年

・サム…魔法使いの『サポーター』。可愛いらしいドレスを着た、金髪巻き髪のエルフの少女

・クリス…『英雄』で一行のリーダー。人間の国の第二王子。金髪の碧眼の青年

・アレク…騎士で『サポーター』。クリスの婚約者でもある。


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 ――待て――


 アッシュはいったい何をしようとしているんだ!?


 体の半分を魔獣に飲み込まれかけたアッシュは、魔獣に刺さったままの自らの剣に右腕を当てた。

 鈍い音とともに赤いものが吹き出し、何かが落ちてきた。その周りに、血だまりが広がっていく。


 ――腕だ……

 

 『英雄』の腕輪をつけた、アッシュの、腕。


 あいつ、自分で斬りやがった!!


 視線を上げると、アッシュの少し困ったような、笑みが見え……

 次の瞬間、彼女は魔獣の口の中に消えた。



 何が起きたのか、目の前で起きた出来事をすぐには理解できなかった。いや、理解する事を心が拒否していた。


「いやーーーーーーー!!!!」

 俺が抱き止めていたルイの叫び声で我に返った。


「くそっ!!」

 剣を握り直し、アッシュを飲み込んだ魔獣に向かって真っすぐに駆けた。


 返せ!! 彼女を返せ!!


 その巨体に剣を突き刺そうとした時に、別の方向から魔法が飛んできて、咄嗟とっさに身をかわした。すんでのところで魔法は俺をかすめ、直撃をまぬがれた。

 魔法が飛んで来た方を見ると、あの巨大な魔獣を召喚した魔族がこちらに手を差し出している。今のはあいつが放った魔法か? 俺の邪魔すんじゃねえっ!

 一度崩れた体勢を立て直そうと足を踏ん張った。こんな事をしているうちにも、アッシュが……

 魔獣に再び斬りかかろうと膝を曲げ、正面に向き直した俺の目前に魔獣の爪があった。


 しまっ……!!


 避けるどころか、斬りかかろうとした勢いが上乗せされ、顔面にまともに爪を食らって吹き飛ばされる。

 くそっ!! アッシュを、アッシュを取り戻さないと!!


「シアくん!!」

 また駆けだそうと立ち上がった俺を、後ろからルイが引っ張った。

 その瞬間、目の前で大きな爆発が起きる。またアイツの魔法だ。


 魔族に向けてメルとサムが魔法を放つが、何かにこばまれるようにヤツには届かない。

 俺の横からクリスが飛び出し、魔獣に向かっていく。ルイを振り払った俺も、クリスの後に続いた。



 魔族と魔獣相手の全力の戦いに、少しずつ仲間たちの傷が増えていく。

「このままではダメだ、一時退却する!」

 クリスが言うまでに、そう長い時間はかからなかった。


 * * *


 どうやって王都に戻ったのか、全く覚えていない。

 ずっと、ずっと、『彼女』が入ったバッグを抱え込んでいた。


「彼女を、ひつぎに入れよう」

 誰かが俺に手を差し出してきた。

「あ……」

 嫌だ、嫌だ……

 込み上がってくる何かが、俺の首を横に振らせる。

 強く抱きしめたバッグの、あまりにも頼りない感触に、また心に何かが刺さった。


「シア……」

 手を差し出したまま、クリスが俺の名を呼んだ。

「わかってる、わかっている。けど……」

 顔をあげると、皆が泣きそうな顔で俺を見ている。

 つらいのは俺だけじゃあない。そんな事もわかってはいるんだ……


 ようやく立ち上がって、バッグから『彼女』を取り出した。

 右の肘から先の、こんな小さな『彼女』しか連れて帰れなかった。


 いつも俺に差し伸べてくれていた、彼女の手だ。


 思い出と一緒に涙があふれて、『彼女』が見えなくなった。



 ほんの小さな棺に彼女を収めると、そのそばに座り込んだ。

「シア、行こう」

「いいや、俺はここに居る」

 アレクの言葉を振り払って、顔を伏せた。

「……食事くらい、ちゃんととってくれ。ずっと食べていないだろう? そんなんじゃ、アッシュが悲し──」


「あいつは悲しまねえよ!!」

 顔を上げてアレクをにらみつける。つい強く放った言葉に、彼女の肩が震えたのが見えた。

「──もう、あいつは死んだんだぞ…… 悲しんだり、泣いたり、怒ったり……」

 でも自分の言葉を抑える事は出来なくて。

「喜んだり…… 笑ったり…… そんな事も…… もう、できねえんだよ……」

 最後まで絞り出して、また顔を伏せた。


「ごめん…… アレク。俺の事心配してくれたのに…… でも、もう少しここに居させてくれ……」


 今の俺にはもう何も出来ない。

 アッシュと出会ってから、満たされたと思っていた心のどこかに、今はぽっかりと穴が開いていた。 


 * * *


 あの人が、笑っていてくれればいい。

 ずっとそう思っていた。


 そうしてずっとあの人の背中を追っていた。

 こんな俺にも、あの人は笑ってくれた。


 あの人のそばで道化を演じる俺に、振り返りながらそっと笑いかける。

 あの笑顔の為になら、俺は道化のままでもいいと思っていた。


 でも、あの人はもういない。

 最期に見た、困ったような、けれども悲し気な、あの笑みを忘れられない。


 ……違う。

 俺が見たかったのは、あんな笑顔じゃないんだ。

 いつものあの、不器用な、でも優しげな、あの笑顔が見たかったんだ。

 それが例え他の人に向けられていてもいい。

 俺はその笑顔を後ろから見ているだけでもいい。


 俺はあの人に幸せになってほしいと、そう思っていたんだ。



 あの人の時は、壊れて止まった。

 俺はあの人に追いついて、あの人を追い越した。


 違うんだ…… こんな形で追いつきたかったんじゃない。

 追い越したかったんじゃない……


 今ならわかる。

 本当は一緒に歩きたかったんだ。

 ずっとあの人のそばで、一緒に笑い合っていたかったんだ。


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(メモ)

 魔族、魔獣との戦い(#79)

 右腕(Ep.5)

 (#77)

 棺(Ep.1)

 心のどこか(Ep.12)

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