Ep.16 自由/メル(2)
◆登場人物紹介(既出のみ)
・メルヴィン(メル)…魔法使いの『英雄』。黒髪の寡黙な青年
・アッシュ…冒険者の『英雄』。黒髪長身の美人
・サマンサ(サム)…魔法使いの『サポーター』。可愛いらしいドレスを着た、金髪巻き髪のエルフの少女
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この町の酒場でも、やはりアッシュと店が
別に待ち合わせをしていた訳ではない。偶然、ではあるのだが、今ではその偶然を期待している事は否定できない。
カウンターの隅に席を取っている彼女に、いつもする様に「やあ」と声を掛ける。
「ああ」と返ってきた声に、いつもにはない重みを感じた。
……あの夜――領主の屋敷に一人で
普段他人の事にあまり気を回さない俺にも、さすがにわかった。
あの翌朝、皆はいつもの様に朝の鍛錬を済ませ、いつもの様に町を出立した。
俺たちも、シアに聞いた話の事など悟らせるつもりはなかった。でも彼女は薄々と気付いていたのだろう。
その言葉の重さに気付かぬふりをして、「何を飲んでいる?」と声を掛けながら隣に座る。アッシュは柔らかくも寂しそうな笑みを浮かべながら、酒の名前を口にした。
「私の事を、
酒の力を借りたのだろうか。視線を
そんな事はない。
ただその言葉をそのまま伝えればいいだけなのに、それだけの事が上手く出来ない。
自分は口下手ではないはずだ。むしろ『ご機嫌をとる』為の、心の入らない甘い言葉は、数えきれぬ程に口にしてきた。望まれるがままに。
しかし自分の心からの気持ちを言葉にする事に慣れていないのだ。
彼女は、何も言えずに居る俺に視線も
「この、魔の者と同じ赤い瞳の色も、黒い髪の色も嫌いなんだ。でも安心する」
そう、吐き捨てるように言った。
だから自分は愛されないのだと、その理由をこの容姿に込めて安心しているんだ。
お前に言った言葉は、本当は自分に言った言葉だ。
幼い頃から……
そこまで言って、泣きそうな顔を隠す様に伏せた。
* * *
女どもは決まって俺の容姿を褒める。そんな言葉を聞いても、何も嬉しくはなかった。
そんな事を言われる時は、きまって俺を好きにしたい時だ。
今までは皆そうだった。
でも彼女は俺の容姿を褒める事すらしなかった。俺と酒を呑みたいと、ただそれだけを望んだ。
初めて、誰かと一緒に過ごす時間を楽しいと感じた。
初めて、自分の意思で、誰かと一緒に居たいと思った。
そしてあの日初めて、自分から女性を部屋に誘った。
それからは彼女と幾度となく二人きりで杯を交わしている。
今日もいつものように、俺の部屋で酒の封を切った。
何が切っ掛けだったのか、俺が自身の生い立ちを話すのを、アッシュは黙って聞いていた。
自身の
俺は……顔が上げられなかった。俺の話を聞いた彼女が、どんな顔をしているのかを見るのが怖かった。
かすかに、衣擦れの音が聞こえた。
そして、
「私は…… こんな時にどう言えばいいかわからない……」
その声が近づいてくる。
彼女の手が優しく俺の頬を撫で、顔を上げた俺の額に柔らかい唇が触れた。
「……お前が、私にしてくれた事だ」
そう言って、もう一度額に……今度はさっきより長く口づけた。
「お前はお前だ。そのくらいの過去では何も変わらない。でも、私はお前にもうそんな事をして欲しくはない」
「ありがとう。俺もお前に同じ事を思っているよ」
それを聞いて、彼女ははっと気付いたように目を見張った。
「……ああ、そうだな。すまなかった」
「皆も同じ気持ちだろう。お前は大事な仲間だし、家族なんだ」
自分の口からそんな言葉が出てくる事に、静かに驚いた。
彼女が潤んだ目を隠す様に伏せながら、でも口元が「ありがとう」と動くのが見えた。
* * *
「この旅が終わったら、どうするんだ?」
酒の空瓶とコップの載ったテーブルを挟んで、向かいに座るアッシュに言葉を投げる。
「また一介の冒険者に戻るだけだ。お前はどうするんだ?」
「俺は自由になりたい」
彼女の投げ返した言葉に、自分の望みを重ねた。
「ずっと、俺に自由はなかった。でもそれももう
「じゃあ、私と同じように冒険者になるか?」
「それもいいな。上手くやっていけるだろうか」
「魔法使いの冒険者は重宝がられるぞ」
すっかり落ち着いた気持ちを映す様に、緩んだ瞳をこちらに向ける。
「ああ、そうだ。狐の兄妹に会いにいかないと。あと、魔獣たちへお礼もしに行かないとな」
「一緒に行ってもいいか?」
「……そうだな。二人で行こうか」
彼を連れては行かないのか?と、思いはしたが口には出さなかった。
* * *
勇者ルイの気持ちが『サポーター』のシアンに向いているらしいと、サマンサ様が報告をしたようだ。
ならばと次に与えられた別の任務を、俺は断った。
「姉さまから命じられた事すら出来ないの?」
そう言って、サマンサ様は明らかに不服そうな顔をした。
彼女はシルディス神へというより、神巫女のマーガレット様へその敬愛を向けている。
俺にはもう、教会からだろうがマーガレット様からだろうが、任務なんてどうでも良かった。
そんな事の為でなく、自分の為に彼女のそばにいる事を選んだ。
そして、教会へ帰る事をやめた。
自由への一歩だった。
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(メモ)
(Ep.3)
あの夜(Ep.11)
シアの話(Ep.12)
瞳と髪の色(#47)
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