Ep.16 自由/メル(1)

◆登場人物紹介(既出のみ)

・メルヴィン(メル)…魔法使いの『英雄』。黒髪の寡黙な青年

・サマンサ(サム)…魔法使いの『サポーター』。可愛いらしいドレスを着た、金髪巻き髪のエルフの少女

・ルイ…神の国から来た『勇者』の少女


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 自分はけがれているのだと、彼女は言った。

 だから――と言いかけて、俺を見て言葉をとどめた。


 彼女が自身の黒い髪色を気にしているのは知っている。

 それが穢れているからだとでも思っているのだろうか。

 大丈夫だと声を掛けた。


 見た目そんなもので人の価値が決まるわけではない。そう教えてくれたのは彼女じゃあないか。


 右の手をそっと彼女の頬に添えると、その手に心を預ける様にそっと彼女は目を閉じた。


 彼女に気の利いた言葉の一つも掛けられない自分がもどかしい。

 せめて、伝えたい精一杯の気持ちを込めて、彼女に口づけた。


 * * *


 親は居ない。

 いや、居ないというのは違う。居なければ俺は産まれていないだろう。

 『わからない』というのが、おそらく正しい。


 わかっているのは、自身がハーフエルフ――人間とエルフの混血である事。

 母親はこの教会の巫女の誰かなのだろう。

 ここに居る巫女の半分以上はエルフだ。人間よりエルフの方が魔力が高く、巫女としての素質もあるのだから、当然だと言われればそうなのかもしれない。


 ここ人間の国では女神シルディスを崇拝している。

 エルフにはエルフたちがうやまう神『暁光ぎょうこうの母』が居るのだが、この母を女神シルディスと同一神だと見做みなす一派が存在する。その者たちはシルディス神に仕える為にと、故郷を捨て人間の国にやってきて大教会の扉を叩く。

 高い魔力を持つ者を取り込みたい教会にとっては好都合な事で、むしろその為に積極的にその説を裏で推しているという噂もある。


 ともあれ、そういった理由でこの教会にはエルフの巫女が多く居る。

 あとはよくある話だ。その巫女のいずれかが人間と交わって俺をはらんだのだろう。


 エルフには夫婦や家族という概念はない。巫女たちにとって、えて言うのなら教会の全員が家族みたいなものなのだろう。生活も子育ても皆でするものであって、血の繋がりなどによる小さな集団を成すことはない。

 だから誰が親かという事など気にもしない。さほどの問題ではないのだ。

 そんな彼女らの習慣が、俺の親の存在をわからぬものにした。



 幼い頃から眉目みめが良く、決まった親の無かった俺は、教会の中で皆から愛された。


 そうだ……

 その行為が何の意味を持つかという事を、まだ知らぬうちから……


 知ってもあらがえるものではなかった。ここ以外に俺の居場所はないのだ。

 そして、その行為自体に俺の心は全く入らなかった。言われたように、ただ受け止め、ただぶつけるだけだ。俺の意思じゃない。


 ずっと俺に、自由はなかった。


 * * *


 本当なら、俺は『サポーター』になるはずだった。魔力はサマンサ様の方がはるかに高い。

 それなのに俺が『英雄』に担ぎ上げられたのは、冒険者の『英雄』に女が選ばれたからだそうだ。


 冒険者の『英雄』に女が、しかも女戦士が選ばれた事は過去にはなく、それだけでもう世間の注目を集めているらしい。そこに輪をかけて、なかなかの美形なのだと。


 俺が『英雄』に選ばれた時に、聞いた理由は「敵わないから」だった。

 実力者ではあるが、容姿の未熟なサマンサ様を表に出しても民衆の人気はとれない。それならば、婚約者持ちの王子への対抗馬を出した方がいいだろうと。


 教会にとって、魔王をどうにかする事よりも、人気取りの方が大事らしい。

 くだらない…… と、思いはしたが、結局そんな事も俺には関係のない事だった。どんな事を思っても、やはり俺には教会から言われた通りにする選択肢しかないのだから。


 多くの人々の称賛しょうさんを浴びながら大司祭から戴いた腕輪を腕にめても、心は全く動かなかった。 


 教会の思惑通りに、『英雄』になった俺の事を世間は持てはやした。

 特に女どもからの人気が高いのだと、サマンサ様がまるで自身の事のように誇らしげに教えてくれた。

 本当は彼女が『英雄』になり、その称賛を受けるはずだったのだろうに。そんな事をどうでもいいと思う俺と違って、さぞかし悔しいだろうに。そう思ったが、どうやら違うらしい。

 サマンサ様にとって大事なのは、彼女の『姉様』で、自身の事は二の次なのだと言う。この任務も『姉様』から預かった大事なものなのだと。

 だから彼女が誇らしいのは、その『姉様』から預かったシナリオ通りに俺の人気が上がった事らしい。


 そして、『英雄』になった俺には、別の任務が与えられた。


 勇者、ルイを口説き落とせ、と……


 ようやく…… ようやく教会から離れられるのに。教会を離れても、俺に自由は無いのだ。

 半ば反射的に、首を縦に振っていた。


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(メモ)

 エルフ(Ep.10)

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