90 過信/デニス(2)

◆登場人物紹介(既出のみ)

・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。転生前は前・魔王討伐隊、『英雄』のアシュリー

・シアン…前・魔王討伐隊の一人。アシュリーとは討伐隊になる前からの付き合いがあり、ずっと彼女に想いを寄せていた。リリアンの前世を知っている。

・デニス…Sランクの実力を持つAランクの先輩冒険者。リリアンに好意を抱いている。


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 最下層の最奥の部屋にいたのは、猿の顔と虎の手足を持つ魔獣だった。


「ヌエだな」

 シアンさんの言葉に、リリアンが無言でうなずいた。


 ヌエの咆哮ほうこうで集まってきた他の魔獣たちは、後方で俺たちを援護しながら戦うシアンさんが、片っ端から倒してくれる。ヌエの相手は、俺とリリアンに任された。


 ヌエは雷の様な魔法をいくつも飛ばして来た。まだランクの低いリリアンの心配をしたが、彼女はむしろ俺よりも軽快に、跳ぶように雷を避けている。

 しかし、この雷が厄介でなかなかヌエに近づく事が出来ない。

 れる俺に、リリアンから声が掛かった。

「デニスさん、私が前に出ますので、ヌエの気を引いてください!」


 一瞬、迷った。

 確かに超近接武器の鉤爪クローを持つリリアンの方が前に出るのが道理だ。俺には魔法も槍もある。

 しかし、この距離があるからあの雷を避けられるのであって、至近距離であれを避けるのは困難だ。しかもまともに食らうのはヤバすぎる。

 彼女を危険にさらすくらいなら、俺が……


「行け、リリアン。俺らに任せろ!」

 俺の決断より一瞬早く、後方からシアンさんの声が飛んできた。


 その声にリリアンが一度深く踏み込み、左に大きく距離を取った。当然の様に、大きく動いたリリアンに向かって、ヌエがその体の向きを変えようとする。

「リリアン!! 待て、俺が――」


「ギャッ!!」

 俺の後ろから飛んで来た風魔法が、ヌエの横っ面を切り裂いた。思い直した様にヌエはこちらに向き直し、威嚇いかくの唸り声を上げる。


「デニス、手を緩めるんじゃねえ! リリアンを心配するなら尚の事だろう? お前がヌエの気を引けなければ、その分彼女が危険にさらされるんだ!」


 わかっている、わかっているが…… でも……


「俺はアッシュを守れなかった!」

 そう言いながら、間髪入れずヌエを目がけて魔法を打ち込むシアンさんに向かって、雷が幾つも飛んで来る。


「でも俺が出来なかったのは、あいつの盾になる事じゃあない。あいつを後ろから守る事だ。それが俺の役目だったんだ」

 器用に雷を避けながら、また部屋に飛び込んで来た雑魚を叩き落として、シアンさんは強く言った。


「俺だってリリアンの心配はしている。でもリリアンは俺たちを信じて前に行こうとしている。彼女の実力なら、俺らが居れば大丈夫だ。だからお前も彼女を信じろ。そして自分の役目を果たせ!」


 ハッとしてリリアンの方を見ると、こちらを見た彼女と目が合った。

 彼女は俺に軽く視線でうなずいてみせると、そのまま真っすぐヌエに向かって駆けて行く。

 動き出したリリアンにヌエが気付き、雷を放った。


 咄嗟とっさにヌエを目がけて火魔法を放つ。

 火魔法がヌエの顔面に当たるのと、リリアンが雷を避けて大きく上に跳ぶのと、ほぼ同時だった。


 瞬間、ヌエはリリアンの姿を見失った。それに気付かせぬよう、さらに魔法を次々と叩きこむ。

 ヌエを大きく跳び越えて反対側に着地したリリアンは、地に足をつけた反動でそのままヌエの顔面目がけて鉤爪クローで斬りつけた。

 目元を刻まれたヌエが、醜い鳴き声を上げて体勢を崩す。その隙を狙って、リリアンはさらにヌエの首元に一撃を加えた。

 ヌエは痛みに唸りながらも、鋭い爪の付いた虎の前脚を大きく振り上げる。その前足が降り降ろされるのと、リリアンが跳び退すさるのは、ほぼ同時だった。


 再びリリアンがヌエとの距離を詰めようとする僅かな間を使い、ヌエは雷を叩きこもうとしている。

 すっかりリリアンに気を取られているヌエに駆け寄り、そのままの勢いを込めて深く槍を突き刺した。


 * * *


 ヌエの遺骸はリリアンがさっさと自分のマジックバッグに収めた。


 部屋に残されたのは、少し大きめの宝箱が一つ。

「ダンジョンに潜るやつの目的は八割方コレだ。中身は大抵良い値で売れるしな」

 シアンさんが慣れた様子で、罠感知の魔法を唱えた。


「でも何故この宝箱は閉じているんでしょう? このダンジョンは新しいものではないはずです」

「ああ、15年前には俺らが来ているし、その時もすでにダンジョンの扉は開いていた。という事は、新しいダンジョンではなかったはずだ。なのに宝箱は閉じていたし、また今回も閉じている」


「誰が閉じているんでしょう?」

 二人の会話で答えを導き出す事は出来なかった。


 宝箱には罠はかかっていなかったらしい。シアンさんが両手で宝箱の蓋を重そうに開けた。


 中に収められていたのは、武器や魔道具、そして山から掘られたままの様な宝石の原石たち。

「細工はしっかりしています。おそらくドワーフの作品でしょうか」


「今までこれを疑問に思わなかった事が、ヤバいな……」

 シアンさんは、苦い顔をしてふぅーーと大きなため息をついた。


 * * *


 どうですかと、リリアンが訊き、大丈夫だと、俺は答えた。

 じゃあ帰ろうぜと、シアンさんが言った。


 俺が恐れるべきなのは、ダンジョンでも、あの魔力の匂いでもなかった。

 己を過信してしまう事だ。状況を見極められない事だ。仲間と協力出来ない事だ。仲間を信じられない事だ。

 そんな事は、本当はわかっていたはずなのに。

 今の俺には頼れる仲間がいる。不安な気持ちは、完全にではないがだいぶ薄らいでいた。


 そして、リリアンを守ってやりたいと思うのも俺のおごりだった。

 彼女は守ってほしいだなんて思っていないし、望んでもいない。マスターは彼女と一緒に戦う相方なんだ。



 それから3人でいくつものダンジョンを回るうちに、俺の心の不安は、あのトラウマは、影も形もなくなっていた。


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(メモ)

 魔力の匂い(#34)

 デニスの過去、トラウマ(#33、Ep.14)

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