84 イケメン/シアン(1)

◆登場人物紹介(既出のみ)

・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。転生前は前・魔王討伐隊、『英雄』のアシュリー(アッシュ)

・シアン…前・魔王討伐隊の一人で、英雄アシュリーのサポーターをしていた。前の旅でリリアンの前世を知った。

・デニス…西の冒険者ギルドに所属するAランクの先輩冒険者。リリアンに好意を抱いている。


・ルイ…前・魔王討伐隊の一人で、神の国から来た『勇者』の少女。シアンに好意を抱いていた。

・クリス…前・魔王討伐隊の『英雄』の一人で、一行のリーダー。当時の第二王子

・メル…前・魔王討伐隊の『英雄』の一人で魔法使い


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 俺は『イケメン』ではないのだと、ルイはそう言った。


 『イケメン』というのはルイの国の言葉で、カッコいい男性の事を指すそうだ。

 俺はカッコよくねえって事かよーと言うと、「シアくんはどちらと言うと『イクメン』って感じかな」だと。じゃあ『イクメン』って何だと聞くと、育児や家事を率先してやる男性の事だそうだ。

 そしてルイの国ではそういう男性も結構モテるらしい。


 俺が雑事をやっていたのは下っ端だからであって、この国ではそれでモテるなんて事は無い。金がありゃ人を雇ってやらせりゃいい事なんだ。

 でもそんな風にフォローしてくれるルイは優しいんだなと思った。きっとルイは『イケメン』よりも『イクメン』の方が好きなんだろうな、とも。


「ありがとな、ルイ。お前も自分の国に帰ったらちゃんといい男捕まえるんだぞー」

 そう言っていつものように頭を撫でると、ルイが片頬を膨らせて何故かねたのを覚えている。今になってみれば、ルイが拗ねていた理由も…… 多分、わかる。



 俺は『イケメン』じゃないにしても、討伐隊仲間のクリスとメル、あの二人は明らかに『イケメン』だったろう。二人とも背が高く顔もいい。

 金髪碧眼のクリスは、この国の当時の第二王子でもあって、国中の若い女性がヤツのファンだと言ってもいいくらいの人気だった。

 そのクリスに対抗してか、教会が秘蔵っ子のメルを『英雄』として据えてきた時には、クリスのファンの半分近くはメルに鞍替えしたんじゃないかと世間で噂された程の人気っぷりだった。黒髪で物静かで、陰のある雰囲気がまた良いらしい。


 金髪のイケメン。黒髪のイケメン。

 そこにもう一人並べるとしたら、銀髪か茶髪か?



 その銀髪のイケメンが今俺の目の前に居る。居ると言うか、立っている。

 そいつは『樫の木亭』に入ってくると、席に着く訳でもなく、きょろきょろと誰かを探しているようだった。

 待ち合わせでもしているのか。まあそういう事はよくあるし、その位では目立つ理由にはならない。


 こいつが目立つのは獣人だからだ。

 この国は元々人間の国で、獣人を多くは見かけない。獣人の冒険者も居ることは居るが、30人集めて一人居るかどうかというくらいだろう。

 見た感じ狼の獣人で、しかも戦士なのだろう。皆の物珍しげな視線からすると、ここの常連でもないらしい。だとすると旅のヤツか。


「いらっしゃいませ。待ち合わせですか?」

 人を探す様子に気付いたミリアが声を掛けると、獣人男はいやと少し戸惑う様子を見せた。

 

 ちょうど厨房から出てきたリリアンが獣人男に気付くと、驚いた様に目をまんまるくさせた。

「あれー? こんなところでどうしたの?」

 にこやかな笑顔でそいつに歩み寄る。


「うん? あいつ、リリアンの知り合いなのか?」

 つい口から出た声で、向かいのデニスが顔を上げ、振り向いた。


 それと同時に、その獣人男がリリアンを強く抱きしめるのが見えた。


「「!?!?」」


 ちょっ! 待てよ!!

 あいつ、リリアンの知り合いか? いや、知り合い程度でいきなり抱きしめたりするか? もしかしたら彼氏とか……

 確かに好きなヤツが居そうな事は言っていたが…… でも、もう会えないと聞いたはずだ。

 俺はてっきり、あれはメルの事なんだと思い込んでいたが、そうか獣人の国に置いてきたって可能性もあったのか?


 そんな考えがえらい速さで頭を駆け巡った。


「リリ!! 会いたかったよ! 元気してた? 嫌な目にあったりしてない?」

「もー、カイルってば大袈裟おおげさー 先月会ったじゃない」

「会ったって言ったって、ほんの少し顔を出したくらいじゃないか!」


 なんだか二人に温度差があるようだが、どうにも気になりすぎて目が離せない。

 向かいのデニスも同じようで、振り返った体勢のままで手にしたフォークにはソーセージが刺さったままになっている。


「リリちゃん、そちらはどなた?」

 ここに居合わせたヤツら皆が聞きたいだろう事を、おかみさんのシェリーさんが代弁するように聞いてくれた。


「私の兄のカイルです」

 にっこり笑って言うリリアンに合わせて、獣人男はシェリーさんに向けて丁寧ていねいなお辞儀をした。



「あれ? リリアンと毛色が違うよな?」

「いや…… リリアンは黒毛だけど、灰狼族っていって銀毛の一族なんだって言ってたぞ」

 ぽつりと呟いた疑問に、ようやくソーセージを口に運んだデニスが答えてくれた。


 食事を再開しながら眺めていると、カイルと呼ばれた獣人は困ったような顔をして、リリアンに耳打ちをしている。

 リリアンの口が明らかに、え?という形に動き、耳と眉が下がった。そして彼にこそりと何かを告げ、手で制止するような動作をする。

 うなずいた彼をそこに置いて、次にリリアンはカウンターにいるシェリーさんの方に向かった。


 シェリーさんから何かの承諾しょうだくを得たらしいリリアンが、今度はこちらに真っすぐ歩いてきた。


「シアさん、ちょっと付き合っていただけませんか?」

 デニスじゃなくて、俺に用があるらしい。頼られなかったデニスが、ちょっと顔をしかめたのが見えた。


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(メモ)

・カイル…リリアンの兄で、灰狼族の若き族長。銀の髪と尾を持つ。やや(?)シスコン気味。


 ルイ(Ep.9)

 拗ねた理由(#77)

 クリス(Ep.8)

 メル(Ep.3)

 カイル(#18)

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