Ep.12 暗闇/クリス
◆登場人物紹介(既出のみ)
・クリス…『英雄』で魔王討伐隊のリーダー。人間の国の第二王子。金髪の碧眼の青年
・アッシュ…冒険者の『英雄』。黒髪長身の美人。主人公リリアンの前世
・シア…冒険者の『サポーター』。栗毛の短髪の青年。アッシュとはこの旅の前からの付き合いがある。
・アレク…騎士で『サポーター』。クリスの婚約者でもある。真面目で一生懸命。
・サム…魔法使いの『サポーター』。可愛いらしいドレスを着た、金髪巻き髪のエルフの少女
・ルイ…神の国から来た『勇者』の少女。サムと仲が良い。
・メル…魔法使いの『英雄』。黒髪の寡黙な青年。アッシュと仲が良い。
(Ep.11の続きの話です)
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領主から神器を半ば強引に譲り受けると、まだ涙を抑えきれずにいるシアとアレクを連れて、皆で宿に戻った。
自分自身に怒りをぶつけたくなる。お前はなんて、なんて愚かなのだと。
最初からこうしていれば、皆が傷付かずに済んだのだ。自分が出来る限りの事をしようともしないで、未熟な理想論のみで物事を成し得ようとするなど、そんなのはただの思い上がりだった。
兄を差し置いて『英雄』になった事に遠慮をし、また貴族たちの中傷を恐れ、今一つ踏み込めないでいた。
私は「次の王」の座が欲しいのではない。民の為に戦いたいだけなのだ。そんな私が「王族の権威」を振りかざすのは傲慢なのではないかと、そう思っていた。
だがその結果、こうして大切な仲間たちを不要に傷つけてしまった。
大事な物は何か、守らなければいけないのは何かを、私は見失っていた。もう間違えるものか。
* * *
今晩は女性たち4人、皆でアッシュの部屋で休むそうだ。
ひどくショックを受けたアレクは、アッシュにしがみ付いて離れようとしなかった。元々口数の多くはないアッシュもあれからずっと口を開かない。あのサムも珍しく
アッシュたちの部屋の扉が閉まると、シアはその扉の横に座り込んだ。本当は彼もアッシュのそばに居たいのだろう。そんな心が、彼をここに留めているのだろう。
メルもアッシュの部屋の扉をじっと見つめて、その向かいに座り込んだ。私もメルから二人分程離れた場所に腰を下ろした。
皆、それぞれに思いがあり、その答え合わせをするでもなく、目を合わせるわけでもなく。ただ夜が染みわたっていく音と共に、時間は流れた。
「俺さ……」
ぽつりと、シアが口を開いた。
俺さ、一応冒険者してたけど、正直褒められるような事は何もしてねえような奴だったんだ。
つるんでた兄貴分たちも
俺もまあ似たような感じでさ。美味いメシ食って、酒飲んで、テキトーに楽しい事してさ。そんな日々に満足してた。
でもある時、俺、兄貴分たちの機嫌を損ねちまってさ。そんでハメられた。
あいつらのした悪事、全部俺が一人でした事になって捕まっちまった。やんなかった証拠なんてあるわけがねえ。
自警団の取り調べもひでえもんだった。俺も元々素行のいい奴じゃなかったし、俺なんかが苦しんでも死んでも困るヤツがいるわけじゃねえし。取り調べなんだか憂さ晴らしなんだか、まあ両方なんだろうけど。ひたすら殴られて蹴られて意識がなくなりゃ水ぶっかけられてさ…… 正直、死んだ方が楽じゃねえかって思ったりもした。
何日かたった頃だったか、自警団の団長が一人の女を連れてきた。
そいつはAランクの冒険者様で。どうやら団長はそいつにいい顔をしたくて連れてきたらしい。そいつの前で俺のやってもいない悪事やら、どうやって捕まえたかなんかを自慢げにぺらぺらと話してた。
そいつは俺の事をただじっと
その日も次の日もいつもどおりに殴られて蹴られて。もう顔も腫れてたし、そこに水ぶっかけられてさ。息が苦しくなってぜえぜえいってた時に、なんだか外が騒がしくなったのに気が付いた。いつもと何かが違うなって思った。
Aランクの女が入って来てさ。俺の鎖を解くように言って、俺は自由になった。後から入ってきた団長が何か言ってたけど、良く覚えちゃいねえ。
汗とションベンで臭かっただろうに、その女は俺を背負って宿屋に連れてった。
背負われた時にあいつの髪がすげえいい匂いしててさ。女に背負われて情けねえなとか、臭くてみっともねえな恥ずかしいなとか、そんな事も考えたけど、あのいい匂い嗅いだら生きてるんだとか助かったんだとか…… なんだかやたらと実感しちまってさ……
俺は
目が覚めると完全にじゃねえけど体が動くようにはなってた。見たら隣のベッドであいつが寝てて、本当にバカじゃねえかって思った。
だって俺は自警団に捕まるような悪党なんだぜ? どうしてあそこから出られたのかわかんねえけど、でもそんな男と同じ部屋で寝てるなんてさ。俺があいつの事襲うかも知れねえじゃねえか。金盗んで逃げ出すかも知れねえじゃねえか。
でもなんでかわかんねえけど、俺の事信じてくれたんだなって…… 兄貴分たちにもハメられて捨てられて…… 自警団のヤツらも、俺の事全然信じてもくれなかった。でもあいつは俺の事を信じてくれた。それが、無性に嬉しかった……
私もメルも、ただ黙ってシアが語るのを聞いていた。
この二人には何かがあるのだろうと、以前より思ってはいたが、そういう事だったのか…… だから、シアはあんなにもアッシュの事を……
そう思ったところで、またシアが口を開いた。
「体が治ってからは、いつもあいつの後を追っかけて回った。クエストにも付いて行った。兄貴分たちはあの後に捕まっちまって俺も一人だったし、何があったんだか知んねえけどあいつが助けてくれたんだろうなって、そう思ってたし。
でもしばらくしたら町にあいつの『悪い噂』が立ちはじめた。その噂を真に受けて、あいつに下衆な声をかけるヤツも沢山現れた。俺はそれが許せなくて…… あいつに言ったんだ。そうしたら、あいつ……」
シアの声がくぐもったようになり、鼻をすする音が聞こえた。
「『事実なのだから仕方がない』、って……」
その目から涙がつぅとこぼれた。
「あの…… 町に流れている噂は…… 噂じゃあなくて…… 事実なんだって……」
シアは溢れる涙を隠そうともしていなかった。
「俺っ、なんかを助ける為にさ…… その証拠を…… 手に入れる為にって…… ……あんな事までして……さ…… あいつに何の…… 得もねえのに……」
そう言って抱えた膝に顔を伏せる。
「もう……二度と…… あんな事、させねえって…… 思ってたのに…… あいつを…… 守りたかったのに……」
シアは顔を伏せたまま、握りこぶしで己の頭を叩いた。そのまま顔を覆った両の手を、伝う様に涙が次々と零れ落ちていった。
* * *
あれから、俺も早起きをするようになった。
今までいい加減にやってきた俺にとって、毎日の鍛錬なんて真面目にやるだけカッコ悪いと思ってた事だったけど。こうして朝から彼女と一緒に体を動かして、キチンと朝ご飯を食って、真面目にクエストをこなして。そんな毎日を、少しずつだけど気持ちいいと感じ始めていた。
彼女はいつでもキツイ真面目な
でも町の声は日に日にひどくなっていく。
一部の男どもは、もう彼女の事を
俺には…… それがとても痛かった……
その朝の鍛錬が終わって、宿に戻る途中、
「アシュリーさんっ」
思い切って、彼女に話しかけた。
「俺と……この町を出ませんか……?」
それを聞くと、彼女は少しだけ目を見開いて、じっと俺の顔を見た。
ああ……そうだよな……
あんな事を言われてるのも俺のせいで。彼女はそんな事に動じてもいないけど。
でも嫌な思いをさせた俺なんかと、一緒に居ても良い事も何もないだろうに。
なのに…… 俺と、だなんて言って…… いや、バカだよな……
そう思った時に、ふと彼女の表情が柔らかく緩んだ。
「それもいいな」
初めて見た彼女の笑顔に、思いがけない彼女の言葉に、自分でもよくわからない心のどこかが満たされていくような、そんな気がした。
そして、それはとても温かかった。
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(メモ)
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