71 留守番/デニス(2)

◆登場人物紹介(既出のみ)

・デニス…西の冒険者ギルドに所属するAランクの先輩冒険者。リリアンに好意を抱いている。

・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。転生前は前・魔王討伐隊、『英雄』のアシュリー(アッシュ)。教会の魔法使いしか使えないはずの、転移魔法を使う事ができる。

・シアン…前・魔王討伐隊の一人で、デニスの兄貴分。アシュリーの生前、彼女に想いを寄せていた。

・アニー…リリアンの家のメイドゴーレム


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 すっかり日が暮れようという頃に、キッチンで食事の下ごしらえをしていたアニーが、ふと手を止めて玄関に向かった。

 もしや……!

 慌てて後を追いかけた。


「おい、大丈夫か?」

「はいーー、なんとかー」

 二人の元気な声が聞こえて、先ずほっとする。玄関に駆け付けると座り込んでいるリリアンと、彼女の顔を覗き込んでいるシアンさんが居た。


「リリアン! シアンさん!」

「ただいま、デニス。詳しい話は後でするから。ほら、リリアン、ベッドに行くぞーー」

 シアンさんは最初に返事をしただけで、その後は俺の事を無視してリリアンを横抱きに抱き上げた。

 ベッドって…… リリアン、体調が悪いのか?


 が、風呂に入りたいというリリアンの言葉に、俺が洗ってやろうか? と、シアさんが聞き捨てならない事を言った。

「おい! おっさん!!」

 どういうつもりだ? シアンさんがそんなふざけた事を言うのは初めてで、それにも戸惑った。


 リリアンが大丈夫とシアンさんの申し出を断ったが、どうにも油断はならない。それにリリアンの体調も気になる。浴室まで後を付いて行くと、彼女を下ろしたシアンさんが俺に声を掛けた。


「すまねえな、デニス。やっぱりお前の事、応援できねえかもしれねえ」


 応援……? なんの事だ? 俺はシアンさんの言っている意味がわからなかった。


「今のうちに聞いておきたい事がある」

 珍しく真面目な表情で、俺をソファーに誘った。



「まず、昨日は帰って来れなくてすまねえな。あの通り、リリアンが体調を崩して戻れなかった。体調というか、魔力不足だな。転移できるくらいには魔力が回復したから帰って来たんだ」

「何があったんだ?」

「原因は俺らにもわからん。でも今日は体力は普通にあったから、徒歩で少し進んだ。無理して転移するとまたぶっ倒れるんじゃないかと思ったが、お前が心配してるだろうからって彼女が気にしててな、それで帰って来たんだ」

 ……そりゃ心配はしてたけどさ。それであんな風に無理をさせた事は申し訳なく思った。


「で、話は変わるが」

 俺の顔色をうかがうように、シアさんが話題を変えた。

「こないだのオーク狩りの時、お前いい剣を持っていたな。リリアンの鉤爪クローもなかなかのものだった。あれはどこで手に入れたんだ?」

「うん? それがどうしたんだ? おっさん」

「ちょっと気になったんだ。それとも何かやましい事でもあるのか?」

「あ…… いや、そんな訳じゃあない」


 なんでこのタイミングでこの事を訊かれるのか、内心疑問に思っただけだ。

 ふぅと息を吐いて、話を続けた。


「ひと月ほど前に、ドワーフの国で買ってきたんだ。リリアンと二人で行って。そん時にはリリアンに乗せて行ってもらったんで、他のヤツには内緒って事になっている。まあ、シアンさんはもう知っているから構わないだろうけどな」

 それについては、かなり悔しい。

 リリアンがシアンさんの事を、俺の兄貴分だからって信頼してくれるのは、すげえ有り難いけど。でもシアンさんまで背中に乗せる事はないんじゃないか?

 リリアンは……シアンさんに抱きしめられても、嫌じゃあないって事なんだよな……


「もしかして、ゴードンか?」

「ああ、そうか。あのオヤジさん、聖剣を打ったって言ってたよな。だからシアンさんも知ってるのか」

「ああ、良く知っている。って、聖剣の事はゴードンが自分で言ったのか?」

「いいや、リリアンが教えてくれた」

 そう言うと、シアンさんは眉間にしわを寄せて考え込んだ。

「……どうした?」

「なんでそれを知っているんだ……? うん…… いや、ダメだな。やっぱりわかんねえ」

 言葉の途中で、さっきまでの真面目な雰囲気が崩れ、いつもの感じのシアンさんになった。


「いったい何があったんだよ」

「いや、ちょっと、色々考えたい事があってな。でもやっぱダメだ。俺にゃあわかんねえ」

 苦い顔をしながら頭を掻く。そんな風に言われても、俺にも全くわかんねえんだけどな。


「なあ、デニス」

「なんだよ?」

「お前、アッシュが生きてたらどうしてた?」


 ……そんな事を、シアンさんから聞かれるとは思わなかった。

 あの日、俺らが知り合った、アシュリーさんの葬儀の日からずっとずっと、シアンさんが心で泣いているのを知っている。そんな彼にとって『生きてたら』が、どんなに酷な言葉なのだろうかも。

 でも、魔法使いの隠れ家を訪ねる旅の中で、過去を思い出す中で、何か別の気持ちでも沸いているのかもしれない。


「そうだなあ……」

 彼女が死んだ後に、俺はやっとアシュリーさんがすごい人だった事を知った。そんなすごい人に戦い方を教わっていたのだと。


「冒険者になって、一緒にクエスト行きたかったな。もっと色んな事を教えてもらいたかったし。一緒にメシ食ったり、旅をしたりもしたかったな」

 本当は、彼女を隣で守れるような男になりたいと思ってたとか、そこまでは流石にシアンさんには言えねえけど。

「お前、アッシュの事好きだったんだろ?」

「ああ……」

 その時の幼い俺が「好き」という感情を持っていたのかはわからない。けれども、先輩としての憧れと別に、異性として憧れ以上の気持ちを持っていた事は確かだ。

 だから、大人の姿になったリリアンの姿や雰囲気に、幼い頃の思い出のアシュリーさんを浮かべてしまって…… それに惚れたんだけどな。


「お前には渡さねえからな」

 そうシアンさんが言った。

「そんなの、わかってるよ」

 死んでからもここまで想われていると知ったら、彼女はどう思うんだろうな。


 そう思った時に、風呂場から俺らを呼ぶベルの音が響いた。


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(メモ)

 ドワーフの国、ゴードン(#11、#45)

 葬儀の日(Ep.1)

 大人になったリリアン(#33、#34)

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