70 旅の続き(2)
◆登場人物紹介(既出のみ)
・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。転生前は前・魔王討伐隊、『英雄』のアシュリー(アッシュ)。教会の魔法使いしか使えないはずの、転移魔法を使う事ができる。
・シアン…前・魔王討伐隊の一人で、デニスの兄貴分。アシュリーの生前、彼女に想いを寄せていた。
・デニス…西の冒険者ギルドに所属するAランクの先輩冒険者。リリアンに好意を抱いている。
・アニー…リリアンの家のメイドゴーレム
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ここまで来れば、目的地までそう遠くはないそうだ。
元々この街道は馬車が通れる道ではない。もう何年も昔の話だが、シアさんが来た時にもやはりこの道を歩いて行ったそうな。
二人で、歩きながら色々な話をした。
私は生まれてから、今までの冒険や旅の事。シアさんは魔王討伐隊を引退してから、一人で旅をしてきた話。どこでどんな魔獣を倒したとか。どんなダンジョンに潜ったとか。どの土地の食べ物がおいしかったとか。
彼は相変わらずの話し上手で、それが楽しくて。焦る旅でなくたまにはこんなのもいいなあと、そう思わせてくれるのも、きっと彼の心遣いなのだろう。
ふと思いついて、そう言えばと私が切り出した言葉に、シアさんが首を傾げた。
「ご結婚はされていないんですか?」
傾げた首のままで、明らかに彼の表情が
「えっと…… じゃあ、恋人は?」
続けた私の言葉に、はあーとため息にも似た長い息を吐いてから、寂しそうに笑った。
「……情けねえ話だがな。昔、すっげえ好きだった女が居てさ。そいつの事が忘れられねえんだよ」
ああ、そうだよね。あの時から、もう15年も経つ。
一緒に居た、たかが2年なんかより、ずっとずっと色々な経験をしてきているだろう。私が死んで、彼はやっと自由になって。私の知らない所で私の知らない彼の人生を歩んでいたはずだ。
その間に好きな人や恋人ができていても、ごく自然で当たり前の事だ。
「リリアンは、好きなヤツとかいないのか?」
黙り込んだ私を気遣ったのだろうか。こちらに矛先を向けたシアさんの言葉で、思考の淵から引き揚げられた。
「えっと…… 居るような、居ないような……?」
「どういう事だ?」
「もう会えないんです」
それを聞くとシアさんは焦ったような顔をした。
「ああ…… 無理に言わせちまってすまないな」
「いいえ、大丈夫です」
そう笑うと、彼はまた私の頭をポンポンと撫でた。
「リリアンは、まだ若いのに色んな経験していそうだよなあ。お前、まだ17とか18とか、そんくらいだろう?」
「私の年ですか? 15歳ですよー?」
「え? だって、今Cランクだろう?」
デビューして1年もしないうちにCランクになるなど、お金を積まない限りはそうはない。シアさんが疑問に思うのも当然だ。
「見習いで活動していたのと、あと色々と運が良くて。成人して4か月くらいで、ランクアップしちゃいました」
えへへと笑ってみせたが、シアさんはまだ妙に驚いた顔をしている。まあ、確かに普通じゃないしね。
「旅の途中で、手負いのミノタウロスを見つけて止めだけ刺す事が出来たんです。それが大きかったですねー。本当に運が良かったんです」
もう一度、好運を強調すると、彼はああそうかと思い当たったように
「そういや、ワイバーンもやったとか、そんな話を聞いたな」
ワイバーンの肉は美味いんだよなーと、そんな風にいい
* * *
夕方から夜に変わる前に、目的地のすぐ手前にある町に辿りついた。
「今日はここまでだな。リリアン、どうだ? 転移はできるか?」
「んーー 大丈夫だと思いますが…… もしかしたら、家に着いたところで魔力が尽きちゃうかもです」
「すまねえな。もしぶっ倒れたら、俺がベッドに運んでやるよ」
なんならまた一緒に寝るか? と、そんな風にわざとふざけた彼の言いぶりに、気持ちと顔が緩んだ。
「あはは。もし本当に倒れたら、運ぶのはお願いしますね」
それを聞いて、彼はふっと軽く笑った。
結論から言うと、転移は無事にできた。
そして、王都にある自宅の玄関につくと、途端に足の力がぬけて、へにゃりと座り込んでしまった。
「おい、大丈夫か?」
「はいーー、なんとかー」
『お帰りなさいませ、ご主人様』
「リリアン! シアンさん!」
アニーの出迎えの後ろから、デニスさんが飛びだして来た。やっぱり心配して、この家で待っていてくれたようだ。
「ただいま、デニス。詳しい話は後でするから。ほら、リリアン、ベッドに行くぞーー」
そう言いながら、シアさんは私を軽々と抱き上げた。
……が、そうだ。しまった。
「あの……」
「うん? どうした?」
「その前にお風呂に入りたいです」
昨日あのままだったから、体を洗えていない。横で私の言葉を聞いたアニーが『かしこまりました』と言って浴室に向かった。
「体、自分で洗えるか? 俺が洗ってやろうか?」
「おい、おっさん!」
「湯船につかって、体を洗うくらいはできますから、大丈夫ですよー」
そう言ったのに、シアさんの冗談にデニスさんは面白くなさげな顔をして
昨日と違って普通には動けるので、服も自分で脱げるし風呂も問題ない。そう言ったのだけど、シアさんはやたらと私を気遣ってくれて、抱き上げたまま浴室まで運んでくれた。
デニスさんも心配そうに後からついて来ている。本当に申し訳ない。シアさん、ちゃんとデニスさんに昨日の話をしておいてくれるかな?
終わったら呼べよと言葉を添えられながら、私は浴室に下ろされた。
「すまねえな、デニス」
シアさんが出て行く時に、デニスさんに謝るのが聞こえた。
「やっぱりお前の……」
最後の方は、浴室のドアを閉める音でかき消されて良く聞こえなかった。
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(メモ)
ワイバーンの話(#59)
また一緒に~(#61)
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