Ep.11 神器/メル

◆登場人物紹介(既出のみ)

・メル…魔法使いの『英雄』。黒髪の寡黙な青年。アッシュと仲が良い。

・アレク…騎士で『サポーター』。クリスの婚約者でもある。真面目で一生懸命。

・アッシュ…冒険者の『英雄』。黒髪長身の美人。主人公リリアンの前世

・サム…魔法使いの『サポーター』。可愛いらしいドレスを着た、金髪巻き髪のエルフの少女

・クリス…『英雄』で魔王討伐隊のリーダー。人間の国の第二王子。金髪の碧眼の青年

・ルイ…神の国から来た『勇者』の少女。サムと仲が良い。

・シア…冒険者の『サポーター』。栗毛の短髪の青年。アッシュとはこの旅の前からの付き合い。


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 その領主は、いい言い方をすれば好奇心旺盛な方のようだった。まあ、綺麗事を抜きにして言えばただの女好きだ。


「殿下の周りは美人ぞろいで羨ましい。どうですかな、今宵こよいしゃくに一人貸していただけないでしょうか?」

 まるで人の服を着たオークキングのようななりの領主は、目を細めてアレクを見ながら、臆面おくめんもなくそんな事を口にした。


 アレクが嫌そうに目を背けると、今度はその隣に座ったアッシュに視線を移し、舌なめずりをする。なんて醜悪しゅうあくな姿なんだ。

 今宵の酌だなどと言っても、酌だけをさせようという意味ではない…… 夜伽よとぎの相手をさせろという意味なのは誰の目にも明らかだ。


「できません。彼らは私の仲間であり、侍女ではありませんので」

「それは残念ですな」

 きっぱりと断られると、領主は目に見えてわかる程に不機嫌な顔をした。

 クリスが王族だとわかっての振る舞いなのだろうか? 権力を笠に着るつもりはないが、あまりの領主の態度にそう思わざるを得ない。


 それ以降は対話にすらならなかった。こちらが神器の話をしても、そういえばと別の話にのらりくらりとすり替える。アレクを望むようにできなかった事への嫌がらせだろう。

 俺たちがなんの為に国中を回っているのか、これからどこにおもむこうとしているのか。果たしてこいつは本当にわかっているのか?



 結局、あの領主から神器を貰い受ける事はできず、ひとまず宿に戻った。皆で今後の話をしたがどうなるものでもなかった。

 アレクはすっかり怯えてしまっている。無理もない。貴族育ちの彼女には信じられない話だろう。ルイはそんなアレクの隣で、言葉をかけながら優しく彼女の背をさすっていた。


 シアがかなり怒っていて、クリスに食ってかかった。

「あんなやつに気を使うこたあねえだろ?! お前の権力を使って、神器を出させりゃそれで済む話じゃねえのか!?」

 正直、俺もそれに賛成だ。しかしクリスにも何か思うところがあるのだろう。それを確認するよりも、シアの度を過ぎた雰囲気を押さえる方に回っていた。


 サムは何も言わずにただベッドに腰掛けて皆の様子を眺めている。おそらく彼女にはいまいち事が理解できていない。

 彼女はエルフだ。エルフはそういった性的な事に対しての特別な感覚が薄い。今回の事も、サムにとっては「嫌がっている事はさせないほうがいい」程度の認識だろう。

 これが性的な事だから余計に、という感情がないのだ。裸を見られなくないからとか、痛い思いをしたくないから、とか、嫌がる理由もその程度にしか感じていないだろう。

 俺はハーフエルフで、しかも人の町で育っているから感情は人間に近い。しかも俺にも似たような経験はある。だからアレクが怖がる気持ちは多分わかるつもりだ。


 アッシュは……いつもなら真っ先にシアを止めているはずの彼女は、黙って壁に寄りかかって皆の様子を見ていた。



 しばらくしてアレクとシアの様子も少しは落ち着いてきたので、気晴らしを兼ねて少し離れた店に夕飯を食べに行く事になった。

 落ち着いたとはいえ、やはりシアはまだ機嫌が悪く、振り返りもせずに先頭をすたすたと先に進んでる。

 クリスとルイはアレクを両隣から挟むようにして、話しかけながら歩いている。アレクの顔には少し笑顔が戻ってるようだ。もう大丈夫だろう。


 店の前についたシアが、やっと振り返って皆を軽く見回した。

「……アッシュは……?」

 その言葉に後ろを見ると、確かに俺の後にはサムしかいない。

「あの子なら用があるって言って、宿の前で別れたわよ」

 何事もないように言うサムの言葉に、シアの表情が陰った。


「……アッシュはどこに行った?」

「聞いてないわ。あの子が決めた事なんだから、行かせてあげなさいよ」


 その言いぶりは……聞いてはいないが、どこに行くかをわかっていたという事だ。

「なんで行かせた!! くそっ!!」

 シアがまさに激昂げきこうした。


 なんだ? いったい何があったというんだ??

 嫌な予感が胸の中で渦を巻く。


 シアはサムをにらみ付けながら俺の方に駆けて来ると、訴えかけるように叫んだ。

「メル、頼む! アッシュを追うのに力を貸してくれ! きっとあいつ、領主の屋敷に行った!」

 ……何……で……?


「あいつはアレクの代わりになるつもりだ!!」


 一瞬にして、悟った。

 シアの手をとって転移の呪文を唱える。座標は領主の屋敷前で記録していたので、これなら先回りできるかもしれない。



 屋敷前に転移すると、ちょうどアッシュが向こうから歩いてくるところだった。シアは足が地に着くや否や、すぐさまアッシュに駆け寄り、両手でその肩を掴んだ。


「アッシュ!! お前…… お前、何しようとしてた!!」

 急に目の前に現れた俺たちに少し驚いた様子のアッシュは、少しだけ目を見開いたあとにすぅと目を流す様に伏せて言った。

「……アレクを行かせるわけにはいかないだろう? その点私なら――」

「いいわけないだろう!!」

 シアがアッシュを強く抱きしめた。

「少なくとも俺は……好きな女が体を売って、それをいいだなんて思わねえ!」


 シアの声はまるでむせび泣く様で。

「俺はもう……お前にそんな事をさせたくねえんだ……」

 そんなシアに一方的に抱きすくめられたアッシュは、まるで感情の無いような静かな声で言葉をこぼした。

「ああ、思い出させてしまったか…… すまない……」


「ずっと、忘れてなんかねえよ…… 俺がこうしていられるのはお前のおかげなんだ。でも…… もうあんな事しないでくれ…… 頼む…… 頼むから……」


 シアがまるでしがみつくように抱きしめているのを、受け止める訳でも振り払うわけでもなく、ただ立ち尽くしているアッシュを、俺は黙って見ていた。

 この二人の、過去に何があったのか、俺にはわからない。

 でも……


「俺も…… シアが言ったのと同じ事を思っているよ。アッシュ、お前にそんな事をしてほしくはない」

 二人の元に歩み寄り、右の手でアッシュの頬に触れた。そのまま包み込むようにアッシュの頬を撫でると、彼女は柘榴石ガーネットの瞳を伏せて、すまなかった、と呟くように言った。



 サムが転移の魔法を使ったのだろう。光の輪が現れると、そこから残りの一行が飛び出して来た。

 一番に駆け寄ったアレクは、シアを突き飛ばしてアッシュに飛び付いた。

「アッシュ!! お前はなんて事を……!!」


 アッシュはすがりつくアレクに少し驚いた様子で…… それから困ったような笑みを浮かべた。

「これは私の…… 役目なのだよ」


 それを聞いて…… 息を、呑んだ……


「もう今更の事だ……」


 息が詰まるような苦しさで、とてもじゃないけど見せられない顔をしているのは、自分でわかった。

 片手で顔を覆った俺の耳に、シアの嗚咽おえつが聞こえていた。


「メル、付き合ってくれ」

 掛けられた声に視線を向けると、クリスがつらさを噛み殺したような顔をしていた。

「領主にかけあって、神器を供出させる。もう遠慮はしない」


 屋敷の入り口に向かって歩き出したクリスの隣に並んだ。


「私が馬鹿だった」

 クリスが、まるで自らに言い聞かせるように、力強く言うのが聞こえた。


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(メモ)

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