69 匂いと記憶/シアン
◆登場人物紹介(既出のみ)
・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。完全獣化で黒狼の姿に、神秘魔法で大黒狼の姿などになれる。
・シアン…前・魔王討伐隊の一人で、デニスの兄貴分。討伐隊仲間のアシュリーに想いを寄せていた。
・デニス…西の冒険者ギルドに所属するAランクの先輩冒険者。リリアンに好意を抱いている。
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俺がこの先の村に荷物を届けて戻るまで、1時間もかけてはいない。
村へ着いてすぐに届け先を尋ね、礼の言葉と共に引き止められそうになったところを、急ぐ旅だからと断って戻って来た。
が、確かにリリアンと別れたのはこの場所なのに、彼女の姿が無かった。
どこだ……? どこへ行ったんだ!?
村に向かって進んだのなら、ここに戻る途中で出会ったはずだ。しかし当然だが会っていない。だとすると来た道を先に戻ったのか?
深い事を考える前に体が動いた。
辺りを見回しながら駆けて行くと、途中の道端に
なんで俺を待っていてくれなかったんだ? それともあそこに居られないような、何か良くない事でもあったのか?
さらに駆けて道を下った。
……おかしい。随分と走って来たのに、あれから彼女自身どころか、なんの痕跡すらも見当たらない。
確かに人の足では狼の駆け足には全く敵わないが、体調を崩したままのリリアンがそこまで早く駆けられるとは思えない。途中で吐いていた程だ。
なのに、何故追いつかない??
とうとう元の街道からの分岐点まで戻ってしまった。ここまでで出会えないのはさすがにおかしい。だとすると、リリアンは途中で道を
どこで道を逸れたのか、そしてどの方向に向かったのか……
そうだ……
眼帯の下の眼は、
そう思って、右目の眼帯を外した。
『眼』で「見ている」はずなのに、何故か匂いを知覚した。
これはリリアンの匂いだが、新しい物ではない。 ……おそらく行きの時についたものだろう。
だとすると、ここまでは来ていない。そう判断していいと思えた。
また駆けながら最後の痕跡……リリアンが途中で吐いた跡のある場所まで戻った。
その間、ずっとこの『眼』で見回していたが、彼女に繋がる物は何も感じ取れなかった。
この場所で改めて周囲の様子を
慌てて後を追うつもりで、茂みをかき分けた。
獣道にすらなっていない、山の木々の間を進む。今まで歩いていた山道と違って、張り出した木の枝がやたらとうっとおしい。俺が進むのを邪魔しているようだ。
でも進む先の所々に何かを引きずったような跡があるところを見ると、この方向で合っているのだろう。確かに彼女の「匂い」もこちらに向かっている。
その先、山を下るように進む先から水の音が聞こえてきた。目の前の大きな木と木の枝の間から覗き込むと、どうやら川があるようだ。その流れの中に不自然な白と黒の塊が見えた。
いや、あれは…… リリアンか……?
倒れている彼女の白い素肌に絡む、黒い長髪……
なんで、服を着ていないんだ!?
嫌な予感が脳裏を横切る。まさか……
馬鹿野郎! 何で俺はリリアンのそばを離れたんだ!? 町を離れたからといって、よからぬ事をしでかす輩が居ない訳じゃないんだ。
「リリアン!!」
駆け寄ろうとして足を踏み出すと、湿った山の土に足が滑って、斜面をそのまま滑り落ちた。そのままの足で、濡れる事も構わずに川の流れに入り、彼女を抱き上げる。
「おい! おい! しっかりしろ!」
声をかけると、はぁと息を吐き出した。川の水で冷えてはいるが、息はある。
少しだけほっとした。いやでもまだ完全に安心はできない。ひとまず体を拭いてやって、温めないと。
だが、『龍の眼』の右目が何かを感じた。
「……なんだ?」
見ようとしたわけでもないのに、彼女のステータスが勝手に見えている。それが明らかにおかしい。いつだか『樫の木亭』でも見ていたはずだが、今見えているものは明らかに違う。しかも今までのステータスでは見た事のない記号の様な物も見える。
いや、ダメだ。今はそんな事を気にしている場合じゃない。
頭を振って余計な考えを振り払った。
* * *
まだ暑さの残る季節だから気温は低くはないが、陽が落ちてくれば段々と涼しくなってくる。しかも、それ以上に山の水でリリアンの体はすっかり冷え切ってしまっている。
火を焚いたが、彼女を温めるのにこれだけでは足りないだろう。
焚き火のそばに座り込むと、シャツを脱いで素肌で彼女を抱きかかえ、その上から彼女ごと厚手のマントを羽織った。
「……っ、冷てぇな」
彼女の素肌が触れたところから、自分の体温が奪われていく。いったいどれだけの間、あの冷たい川の流れに浸かっていたんだろうか。
本当なら、こういう事はデニスが相手の方がいいんだろうな。こんなおっさん相手で
いや、この子は優しいから、嫌な顔はしないでくれるだろう。
彼女の頭に手をやると、まだ濡れている髪に触れた。ああ、髪も乾かしてやらないとな。
マントから片手だけを伸ばして、タオルで髪の水気を拭ってやる。火魔法で温めた風を彼女の髪に当てると、その風が彼女の匂いを含んで自分の顔に当たった。ここまでの旅の間、ずっと感じていた彼女の匂いだ。でも……
眼帯を外している今は、その匂いに重なるように別の匂いを感じる。
そう言えば、黒狼の背に乗っている時にも、
この匂いを俺は良く知っている。記憶の奥底にある古い、でもとても大切な記憶を呼び起こす。なんであの
もう一度、『龍の眼』で今のリリアンのステータスを見た。
見えるのはこの世界の文字ではない。でも多くの人のステータスを見るうちに、なんとか数字やスキル名、ランクは解読する事ができるようになっている。
「リリアンは、Cランクのはずだろう……?」
彼女のランク表示にあたるところには、Sを意味する文字があった。
あと、なんだ……? なんでこんなに剣術スキルが高いんだ?
彼女は獣戦士で、
こんな風にあれもこれも上げようとするヤツなんて、そうそうはいない。
まるであの
心音が頭の中でバクバクと鳴り響いている。まさか、まさかそんなはずはないのに。
リリアンは、なんであの女性の偽名を知っていたんだ? あの家の事を知っていたんだ?
メルとサムの事で、なんで彼女は泣いたんだ?
アンドレが隠していたマスター…… 「本人」でしか解除できないロック……
あの朝、俺にかけた言葉…… リリアンは寝ぼけたと言っていたが、あれはまるで……
「わけわかんねぇよ…… なんなんだよ、これは……」
胸が苦しくなって、彼女をしっかりと抱きしめた。
その黒い髪の上に、左の目から零れた滴がぽたりと落ちた。
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(メモ)
家、偽名、彼女の涙(#60)
マスター、ロック(#56)
寝ぼけた言葉(#61)
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