33 傷(2)

◆登場人物紹介(既出のみ)

・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。帰省先の故郷から王都に向けて帰還中。完全獣化で黒狼の姿に、神秘魔法で大黒狼の姿などになれる。

・デニス…王都シルディスの西の冒険者ギルドに所属するAランクの先輩冒険者

・デビット…ワーレンの町冒険者ギルドマスター


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 ダンジョンを出ると、デニスさんは見た目では一応落ち着いたようだった。でもまだどこか張り詰めているのが分かる。

 冒険者ギルドに寄り、デビットさんに真新しい発見は無かった事、少し旅の疲れが出ている事を伝えると、前回泊まった宿を紹介してくれた。

 宿ではギルドマスターの口利きという事で、良い部屋を用意してくれた。先日と同じ部屋で、風呂も付いている二人部屋だ。


 ……つまり、ベッドが二つある一部屋で……

 ちらとデニスさんを見ると、やはり同室なのが気になるのか気まずそうな顔をしている。でもさっきのデニスさんの様子をみる限りでは今は一人にしておくのは心配だ。今更部屋を分けてもらうつもりはない。

「ベッドは別だから全然問題ないですよ。第一、昨日も隣で寝ているじゃないですか」

 そう言ってみせると、ああ、そうだな…… と息を吐き出すように返って来た。



 デニスさんの気持ちがまだ落ち着いていないのがわかったので、夕食は外にはいかずに部屋に届けてもらって済ませた。

 後の順で風呂からあがると、デニスさんはベッドに腰かけて何か考え込んで居るようだった。


「……私と一緒の部屋では、やはり困りますか?」

 そう声をかけると、ようやく顔を上げてこちらを見た。

「いや、それはない。お前こそ大丈夫か?」

「デニスさんと一緒で嫌な訳ないじゃあないですかー」

 そう笑ってみせる。じゃあ、やっぱりまだ昼の事を気にしているんだね。


「……話をして少しでも楽になるのなら聞きますよ?」

 デニスさんは一瞬すがりたいような目をしたが、そこで躊躇ちゅうちょした。

「いや、でも……」

「こんな子供相手には話しづらいですか?」

 そう言って、変姿かえすがたの魔法で大人の姿になって見せた。


「え……? リリアン……?」

「この姿ではリリスと名乗っています。今回の旅ではこの姿で灰狼かいろう族の戦士の振りをしていました」

「振りってお前……」

「まあ、あながち嘘ではない。それにあんな小娘が戦士だと言っても、大抵マトモに取りあってはもらえないからな」


 口調を変えて、デニスさんの隣に座る。これは『昔』の自分の口調だ。この姿でラフなリリアンの話し方は合わないだろうし、多分こちらの口調の方が良いだろう。

「どうかな?この方があの小娘に話すよりは話しやすいのではないか?」

 デニスさんの顔を覗き込むと、何故かデニスさんは口許に手をあてて視線をらせた。


 同じ年頃が相手の方が話もしやすいかと思ったんだけど…… ダメだったかな。

 まあ、無理に聞き出そうとする事もないよね……

 そう思ったところで、ぽつりとデニスさんが口を開いた。


「……昔、入ったダンジョンで…… 仲間を死なせてしまったんだ……」



 決して無理をしていたつもりはなかった。

 ただ俺も少し過信していたし、俺の仲間は俺よりもっと読みが甘かった。自分たちならきっと行けると…… 予定より奥まで進んでしまった。

 パーティーには一人だけ、下位の冒険者を手伝いで連れて行っていた。


 最奥と思われる祭壇のある部屋で高位の魔獣が湧き出した時に、仲間は手伝いの彼だけ置いて逃げだそうとしたんだ。

 そんな事…… 出来るわけがないじゃないか……

 俺は守りたかった。でも、俺もどうにか逃げるのに必死で…… 彼を抱えて、やっとの思いでダンジョンを抜ける事は出来たが…… もう死んでいた……


 それから、自分の目の前で仲間が傷付くのが怖くなった。

 俺は皆を傷付けたくて冒険者になったんじゃないんだ。守りたくて冒険者になったんだ。

 王都で後輩の面倒をみているのもその為だ。これから冒険者として危ない道を進む奴らに、少しでも生き延びる術を身に着けてほしい。


 でも、それだけじゃダメなのも、本当はわかってるんだ……

 俺には俺の目指す道もある。それにも進んで行かないと。



「……どんな道だ?」

 私がそう問いかけると、英雄になりたい、と、真っすぐな瞳で答えた。


「そうか…… あと、背中に何かあるのか?」

 話をしながら、わずかに背中を気にしている事に気が付いていた。

 デニスさんは少しだけきまりが悪そうに私に視線を送り、すぐにらせて落とした。そして重そうに口を開く。

「その時に…… ついた傷が、俺の背中一面にある…… 敵に立ち向かって付いた、勇猛の証の傷じゃない。敵から逃げた時に付いた、弱虫の証の傷だ。まったく…… みっともねえよな…… そん時に付き合ってた女も、俺の事見離していった。こんなの、人には見せられねえし、女も抱けねえ…… あ、いや、すまない…… お前に言う様な事じゃなかったな……」

 そう言って、赤くした顔を隠す様にまた口許に手をあてた。


「その傷を、見せてもらえないか……?」

「え……? でも……」

「それは弱虫の証なんかじゃない。お前の優しさの証だろう?」

 そう言うと、デニスさんは少し目を見開いて、私をじっと見た。

 そして黙ってシャツを脱ぎ、私に背を向けた。そこには無数の傷跡が……

 その傷に手を触れ…… そっと背中に……

「……リリアン?」

「この傷跡は治せるはずだ。でもわざと治していないな?」

「……ああ…… 俺へのいましめでもある……」


 ……自分で自分を縛っているのか……

 ただ優しいだけなのに……


「それで…… わざと女性を退けているのか?」

「……それもある……」

「でもデニスさんは、カッコいいし、強いし、優しいし、勿体無いです。ちゃんとこんな傷じゃなくて、デニスさん自身を見てくれる方が居ると思いますよ」

 元の姿に戻ってそういうと、デニスさんは戸惑うようにああと曖昧な返事をした。


「私からデニスさんにお願いがあります」

 デニスさんの正面に立ち、リリアンの姿でそう切り出した。


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(メモ)

 前回泊まった宿(#13)

 仲間の死(#19)

 (#5)

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