31 旅路、ふたり/デニス(2)
◆登場人物紹介(既出のみ)
・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。帰省先の故郷から王都に向けて帰還中。完全獣化で黒狼の姿になれる。
・デニス…王都シルディスの西の冒険者ギルドに所属するAランクの先輩冒険者
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さすがに体が慣れてきたのか、休憩の後の移動はさっきほどのつらさはなくなっていた。でも背を低くしたこの体勢は、やはり楽ではない。
リリアンの首に掴まっている腕もずっと同じでいると痺れてきそうになるので、たまに組み替える。その度に、リリアンの耳がピクリと動いている事に気が付いた。
何か気に障る事があるとかでなければいいんだが……
「わるい、気になるか?」
「あ…… いいえ、大丈夫です。デニスさんも慣れてきたようですし、もう少し広い所を走れれば、姿勢も楽に出来るかもですね」
そう言ってはくれたが、流石にそういう訳には行かないだろう。
「まあ、つらくなったら言うから大丈夫だ」
そう言って掴まる手に少し力を入れると、また耳がピクリと動いた。
リリアンはかなり頑張ってくれたようで、前半とほぼ同じくらいの時間で目的地に着いた。
そこは穏やかに流れる川がいい感じのカーブになっていて、その近くに野営に丁度いい場所もある。
流石に悪いからと言って、野営の準備と食事の支度を買って出ると、リリアンが手持ちのマジックバッグから肉や果物を出して来た。
渡された肉をみると、明らかに兎や雉の肉ではない。
「……おい、これ何の肉だ?」
「ワイバーンです。走りづめだったし、ちょっといいお肉食べたいですー」
これは決して安くはないものだ。Dランクの冒険者が普段食うような肉じゃない。
しかも生肉を入れていたという事は、マジックバッグに『時間停止』が付いているという事だ。それだけじゃあない。見た感じだと明らかに『容量減少』『重量軽減』もついている。
ギルドで貸し出しているのと同じか…… いや、性能はこっちの方が上だろう。かなり高価なもののはずだ。こんなすげえもん持ってたのか。
食事の支度をはじめた頃に、水浴びをしたリリアンが戻ってきた。
「続きやりますよ。デニスさんも汗を流してきてください」
「いや、俺は食事の後でいいよ」
そうは言ったが、リリアンの押しには勝てなかった。
水浴びから戻ると、ワイバーン肉はハーブを効かせたローストになっていて、茹でた芋や焼いた野菜とパン、果物が添えられていた。野営にしては随分と
結局、夕飯の支度はすっかりリリアンにやらせてしまった。
添えられたカップからは良い香りがしていて、ワインかと思って一口飲んだら葡萄ジュースだった。でもこれはこれでとても美味かった。
食事を終え、少し今後の事を話しただけで早めに休むことになった。明日は朝明るくなったら早めに移動を始めたいと。
今日もリリアンに無理をさせていたし、確かに出来るだけ休んだ方が良い。
そう思っていると、リリアンに後ろを向くように促された。
声を掛けられてまた前を向くと、そこには黒狼の姿があった。但し、サイズはちゃんとリリアンサイズだ。
「お前、それで寝るのか?」
「この姿の方が滅多な魔獣は寄ってこないので安全なんです。それに毛布とかも要らないですし」
確かに、人の姿で居るよりは安全なのだろう。でもなあ……
「……もしかして、この旅の間はいつもそんな感じだったのか?」
「木のうろで寝たり、木の上で休んだりもしましたけど、大抵この姿ですよ」
リリアンはそう言いながら、俺の横に体を横たえた。
そうか…… 俺はてっきり、馬車旅で必ず誰かと一緒に居て、宿泊は町でとって…… そんな旅をしているもんだと思ってたんだ。
さっきの心配の正体はこれだったのか……
そっと手を伸ばし、隣に座ったリリアンの頭から背を撫でる。
彼女は一瞬緊張したように耳を立てたが、すぐにへたりとその耳を寝かせた。
「……びっくりしたか? ……嫌じゃないか?」
そう声をかけると、リリアンは一度だけ視線を寄越して、またすぐに
「……いいえ、嬉しいです……」
ちょっとぎこちない風に言った。
俺がそのまま彼女を撫でていると、視線を逸らせたままでぽつりと話し始めた。
「私の知っている人なのですが…… その人は幼い頃からも頭を撫でられたことがないのだそうです。一度くらい…… ねだってみても良かったのかもと、後悔をしていました……」
「今からでもねだってみりゃ良いんじゃないか?」
「もう遅いんです。その人は死んでしまったから……」
「……そうか」
「でも…… その代わりに、自分が頭を撫でた人が笑顔になってくれるのが嬉しいと。笑顔を見ると自分も嬉しくなるのだと。……だから私も…… 撫でてもらえて嬉しいと…… ちゃんと伝えた方がいいだろうと思いました……」
ちょっと恥ずかしいですけどと、リリアンはそう小声で言った。
「……私は…… こうして撫でてくれる人がいてくれて、嬉しいです」
「そうだな…… 俺もガキの頃にこうして頭を撫でてくれる人が居て…… その人が大好きで、嬉しかった覚えがあるよ」
彼女を撫でながら…… 何故か彼女の心が泣いている気がした。
さっきの話の人は、もしかして彼女の大切な人だったのだろうか?
これ以上彼女の心に触れてはいけないように思い、手を離した。
「俺が張り番をしているから、しっかり休めよ」
そう言うと、予想と真逆の答えが返って来た。
「いいえ、デニスさんはしっかり休んでください。慣れない移動で大分疲れたはずです。それに私はこの姿なら、休みながら物音とか気配に警戒ができますから」
そう言うと黒狼は、鼻先で器用に俺に毛布を掛けた。そして、狼の鼻が肩に当たると、急に深いところに沈んで行くような、そんな眠気に襲われた。
重い目が閉じられるその寸前に、懐かしい瞳の色を見たような、そんな気がした。
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(メモ)
マジックバッグ(#5)
ワイバーン(#10、#11)
葡萄のジュース(#10)
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