第8話 病
妻、美代子が病に倒れた。
結核だった。
美代子は
それを聞き、奉公先から亜寿未が戻ってきた。
自分を産み育ててくれた母がサナトリウムに入れられてしまったのだ。
亜寿未はサナトリウムに住み込んで、つきっきりで母を看病した。
昭太郎は、自分の無力さを嘆いた。
こんなにも薬の研究に人生を捧げてきたのに、妻の病を薬で治すことができないなんて……
時代遅れの祈祷などに頼らず、現代医学の力で人々を救う。それが昭太郎の夢であった。
そして、次々と新薬を開発し、昭太郎は出世してきた。社内でも大きな発言力を持つに至った。
そんな昭太郎でも、妻の病を治すことはできなかったのだ。
サナトリウムで、美代子は何やら呪文を唱えていた。
母から教わった、祈祷の呪文だった。
美代子は、祈祷師になんて本当はなりたくなかった。
しかし、死を前にこうして霊能力に頼っている自分が情けなかった。
ある日、昭太郎が美代子を見舞うと、美代子は亜寿未を部屋から出し、そして、こう打ち明けた。
「私、あなたと結婚したくて、沙織さんを呪っていたの。秘術を使って……そうしたら、本当に沙織さんは駅で事故に遭って……」
「いや、違う。あれは呪いなんかではない。お前が何かの術を使おうと使うまいと、沙織は事故で死んでいた。お前のせいではない」
昭太郎はそう言って慰めた。
しかし、美代子は、自分が沙織を呪い殺したと信じているようだった。
一方、松吉は、継母である美代子の見舞いに乗じて、
密かに亜寿未との逢瀬を続けていた。
亜寿未の方も、母の病に気を落とし、
介護の疲れも重なっていたこともあって、
人目を忍んで自分と会ってくれる松吉に心を寄せていた。
やがて、美代子は毎晩、うなされるようになる。
夢に沙織が出てくるようになったのだ。
美代子が駅のホームで汽車を待っていると、ホームの下から血まみれの沙織が顔を出し、美代子の足をつかんで線路に引きずりおろす。
「ユルサナイ……」
その声と共に、汽車がホームに入ってくる……
汽笛を鳴らし、轟音と共にやってくる汽車が目の前に迫り、そして目が覚める。
こんな夢を毎晩見続けていた。
やがて、美代子は朝になっても目を覚まさなくなり、うわごとで苦しそうな声を上げるようになった。
昭太郎も亜寿未も、その声を聞いているのが辛く、心をえぐられる思いだった。
こうして、苦悶の表情を浮かべたまま、美代子は息を引き取った。
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