笑顔のチカラ

第1話

冬の寒い日、森にすむウサギの一家のお母さんが、一人でベッドに寝ていました。

お母さんの顔は真っ赤で、時々、苦しそうに咳き込んでいます。ウサギのお母さんは、流行りの悪い風邪にかかってしまったのです。

 ウサギのお父さんと、二人の子供たちは、お父さんに連れられて、おばあちゃんの家に行ってしまいました。感染しないようにです。その事は分かっていても、ウサギのお母さんは寂しくて仕方がありませんでした。

 お母さんは、よろよろとベッドから起き上がり、キッチンに立ちました。熱でフラフラする体で、牛乳を温め、残っていた固いパンをちぎって入れます。ほんの少しだけチーズを入れて、どうにかパン粥が出来ました。それを木の器によそって、木の匙でゆっくり、ゆっくり食べます。

 そうしていると、そのパンを、子供たちが小さい時によく作っていたことを思い出しました。まだ、二人が赤ちゃんの頃です。お乳から、普通のご飯になっていくときに食べさせていたパン粥。子供達が病気になった時も作っていたパン粥。でも、自分が病気になったら、傍にはだれもいません。

 額のタオルを取り換えてくれる人も、汗をかいたパジャマを取り換えてくれる人も、ご飯を作ってくれる人もいません。お母さんウサギは哀しくなりました。そして、ぽろぽろと涙を零しました。哀しくて、寂しくて。何よりも、子供たちの声が聴きたくなりました。いつもはうるさいくらいに感じていた声。それが聞こえない事が、こんなに寂しいなんて。


コンコン


 ドアをノックする音がして、静かにドアが開きました。

「お加減は如何ですか?」

顔をのぞかせたのは、たぬきのお医者さんとりすの看護婦さんでした。二人はお母さんの診察をすると、新しい薬を置いてくれました。

「熱も明日には収まるでしょう。その後は三日ほどで咳も収まりますよ」

「そうしたら、子供達にも会えますか?」

そう聞いた先から、また、ウサギのお母さんの目からぽろぽろと涙が零れました。りすの看護婦さんが優しくその背中を撫でました。

「あなたは毎日子供達とお父さんのために頑張ってこられました」

狸のお医者さんが優しい声で言いました。

「だから、この病気は神様からのプレゼントだと思いませんか」

「何故です?」

「熱が収まったら、少し動きやすくなるでしょう。そうしたら、あなたの好きな事をなさい。本を読んだり、編み物をしたり。確か、お好きだったと思いますが」

「はい」

「では、それをなさい。今までできなかったことをする時間をもらえたと思いましょう。その方が、病気も早く治ります」

「何故です?」

「病気は、あなたの笑顔が嫌いなんですよ」

そう言って狸のお医者さんはウィンクしました。ウサギのお母さんは小さく、ふふ、と笑ってしまいました。

「その調子ですよ」

狸のお医者さんとりすの看護婦さんも優しく笑いました。そして、りすの看護婦さんは、そっと二枚のカードをウサギのお母さんに渡しました。

 そのカードには、家族みんなで笑っている絵が描かれていました。どちらのカードも、色とりどりで楽しそうに描かれています。

「お子さんから預かりました」

言われなくても、ウサギのお母さんにはすぐにわかりました。だって、いつも見ている子供たちの絵ですから。そして、ウサギのお母さんはにっこりと笑って頷きました。


 次の日、熱の下がったウサギのお母さんは、ベッドのサイドテーブルにたくさんの本を積み上げました。そして、たくさんの毛糸だまと、編み棒も用意しました。すぐにお茶が飲めるように、ポットと茶葉とカップも。そうして、ウサギのお母さんはたくさんの本を読み、たくさん編み物をしました。

 にこにこ笑いながら。

 帰って来た子供たちに、読んだ本の話をしてあげよう。子供達の手や頭や首、身体を暖めるものをたくさん編んで。

そんなことを考えています。それだけでにこにこできるのです。ウサギのお母さんのベッドには、子供たちの書いた笑顔のカードが二枚、貼ってありました。

 もう二度と、病気はウサギのお母さんの元へは来ないでしょう。だって、たくさんの笑顔がそこにはあるのですから。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

笑顔のチカラ @reimitsuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ