第5話「新兵器 ヘル・イリミネーター16」
紛争地に現れ、全ての兵器を無力化し、その地域の制圧を宣言する謎のイルカ軍団…
その存在は、現地で撮影された写真や動画とともに少しずつネットに流れ出した。
OSINT(Open Source Intelligence=オシント。ネットで公開された情報を元にしたボランティア市民による調査諜報活動)によって、
世界中の反戦活動に取り組む若者たちは、
中には、三頭のイルカを運動のシンボルとして採用し、それがデザインされた旗や横断幕をデモで掲げる者たちもいた。
そして、ついに国連の事務総長が
無論、事務総長は
国際社会で主導権を握っていた大国には、これが面白かろうはずもなかった。
とある自由主義大国では、たった三匹とはいえイルカたちの持っているテクノロジーが国防上の大きな脅威である点が問題視された。
なんとか一匹でも捕らえて、その正体とあの驚くべきテクノロジーの出どころを掴めないものか…
国防省は秘密裏に研究開発を進め、ついにひとつの結果を出した。
そして、ある日の国防会議で、その結果がお披露目されたのである。
「諸君、このたび我が軍は問題のイルカたちに対抗できる装備の開発に成功した。こちらは技術顧問として開発を主導された、ドクター・セラーズだ」
議長を務める国防大臣が、末席に着いた黒いスーツの男性を紹介した。
クセの強い黒髪に丸レンズのサングラス。
顔には、チェシャ猫のような笑みが常に浮かんでいる。
出席者の中には、彼の姿に露骨な嫌悪感を示す者もいた。
セラーズは確かに天才的な科学者であり、エンジニアとして評価されていた。
が、その軍事プロダクトの数々は過剰な趣味と嗜虐性に満ちており、対人地雷やクラスター爆弾が人道的兵器に見えるほどだった。
そんな悪評のベールをまとったセラーズを、人々はこう呼んだ。
マッドサイエンティスト…と…
「ドクター・セラーズに関する、ある種の噂を気にしている向きがあるのはわかる。確かに彼の研究は常軌を逸した部分もあったろう。だが、あのイルカ軍団のように常軌を逸した敵に対しては、そうした才能をぶつけるしかないのだ」
ドクター・セラーズは「へ、へ、へ」というクセの強い笑い声をあげて国防大臣に礼を述べた。
「どうも大臣、ナイスフォローをありがとうございます」
「ドクター、君の開発した新兵器を紹介してくれたまえ」
ドクターの合図で、歩哨が会議室の入り口を開放し、外から黒光りする人間型ロボットのような影が入ってきた。
「皆様、これが私の開発した
HE–16の最大の特徴は、外装に使われている強化樹脂をはじめ、完全な非金属製である点だった。
さらに、磁化ビームから電子部品を守るシールド機構も備えていた。
ただ、その武装は少々常軌を逸していた。
ビデオゲームのキャラクターが使うような超大刃のワイドソードや、高電圧発電機付き
「あのイルカどもとの戦いは、格闘に近い接近戦になるでしょう。HE-16はそうした戦闘に最適な兵器です。相手がイルカだろうがシャチだろうが、たちどころにサシミにしてご覧に入れますよ。へ、へ、へ…」
ほとんどの出席者がその言葉に怖気立つなか、制服組トップの軍幹部が咳払いをして大臣に問いかけた。
「ところで…あのイルカたちをどうやって捕捉するおつもりですか?奴らがどこの紛争地に現れた時も、ほとんど神出鬼没と言っていい状況だったようですが…」
国防大臣は答えた。
「それについては策がある。イルカたちの目的が紛争の無効化であるなら、確実に誘い出すことができるであろう罠を、すでに準備中なのだ」
一方その頃、日本では…
伊流花と信幸がフィンドリアン船の内部で装備のメンテナンスをしていると、恭子がスマホ片手に息せき切って駆け込んできた。
「ぶちょー!たたた大変ですう〜!」
恭子の差し出したスマホの画面には、動画共有アプリでとある動画が表示されていた。
「国際戦争撃滅軍から連絡が来てます〜」
恭子の言葉に、伊流花と信幸は顔を見合わせた。
「それって…」
「アマンダ・リースがリーダーをしているNGOよ!」
国際戦争撃滅軍は、その剣呑な名前とは裏腹に…というか文字通りに…戦争を失くし国際平和の実現を目的とする運動組織だった。
支部やメンバーが世界中に存在しており、平和に対する意識の高い大企業やメディアとも繋がりを持つ、最大級のNGOであると言えた。
その主宰者が、伊流花の尊敬するアマンダ・リースだったのだ。
恭子が見つけたのは、国際戦争撃滅軍の公式動画チャンネルで公開された一本の動画だった。
タイトルは英語で
「【緊急】
となっていた。
再生してみると、ニューヨークの国連本部からさほど遠くない公園で、有名な巨大地球儀の前に立つブルネットの白人少女が現れた。
「アマンダ・リースです」
つづく
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