第4話「I.L.P.K.A.(イルカ)見参」
東欧ナクリア…
その、ルキヤ共和国連邦との国境近くの村で、マフトフ中尉の部隊は制圧した地域の住民たちを一ヶ所に集めてスパイの炙り出しを試みていた。
村の中央広場に集められ、怯え切った様子の貧しい村人たちを眺めながら、マフトフは苦々しい表情を浮かべた。
彼は貧乏人が嫌いだった。
かつての惨めな自分自身と、捨ててきた家族を思い起こさせるからだ。
ルシア共和国軍に志願したのも、貧しさから抜け出し一旗あげるためだった。
功名心だけでここまでのしあがってきたマフトフに、同情心はなかった。
「全員集めました、隊長。何人か尋問しましたが、スパイ容疑を認める者はおりません」
部下の報告にマフトフは鼻を鳴らして応じた。
この中にスパイがいるのは間違いないのだ。
「村長を連れて来い」
連行されてきた痩せぎすの老人はひざまずかされ、グラッチ銃を抜くマフトフの前でガタガタと震えていた。
「わしは何も知りません…」
「知らない?忘れてるだけだろう。一人ずつ、こいつらが死ぬところを見れば思い出すんじゃないか?」
マフトフは村人の中から子供を抱えた中年女を引っ張り出し、拳銃を突きつけた。
彼は子供も嫌いだった。
「やめてくだされ!」
「俺は『やめてくれ』って言葉が大好きでな。それを聞くとやりたくてウズウズして来るんだ。やめて欲しければ、誰がスパイか白状しろ!」
「スパイなどおりません!みんな、ただの農民で…」
マフトフは銃のスライドを引き、銃口で子供の顔を小突いた。
火がついたように泣き出した子供を、母親が必死に抱きしめる。
「まず一人だ!」
その時…
シュシュシュッという、砲弾が空を切るような音があたりに響いた。
空を見上げたマフトフと部下たちは、上空から何かが接近して来るのを見た。
三つの細長い、流線形をした影…
ミサイルか?ドローンか?
緊張するマフトフの目の前で、影は並んで静止した。
それはミサイルでもドローンでもない…
イルカだった。
「???」
三体のイルカが体を起こした。
イルカの喉にあたる部分には、透明のフードに覆われた人間の顔があった。
そして、胸ビレの根元からは手が生えていて、銃のようなものを握っている。
つまり、人がイルカの着ぐるみを着て宙に浮いているのだ。
「なんだこりゃ?」
マフトフの部下たちがあまりの滑稽さに、笑い声をあげた。
「我々は、International Land peace Keeping Army、
真ん中のイルカが少女の声で宣言した。
「な…なに?何を言ってるんだ???」
マフトフは意味不明な言葉に苛立ちをつのらせ、グラッチをイルカに向けた。
「目障りだ!」
9ミリ弾の連射が真ん中のイルカに命中…したはずが、全弾目標を逸れて背後の農家の壁にめり込んで土煙をあげた。
「撃て!始末しろ!」
命令された部下たちが、三匹のイルカにカラシニコフ銃で一斉射撃を開始した。
だがイルカたちは一発も銃弾を受けることなく、その場に浮かんでいた。
「赤津さん、来生さん、もういいでしょう!」
三匹のイルカは、印籠ならぬ持っていた銃のようなものをマフトフたちに向けた。
「攻撃開始!」
青い閃光がほとばしり、マフトフの部隊に襲いかかった。
ビーム兵器か!
だが、その光には熱も力もなく、まともに浴びたマフトフに何の苦痛ももたらさなかった。
ただのこけ脅しか?
「ふざけやがって!」
マフトフは傍の部下のカラシニコフを取り上げ、イルカたちに向けてトリガーを…
引けなかった。
カラシニコフはトリガーもレバーもセレクターも、何一つ溶接されたかのように動かなかった。
弾倉さえ取り外すことが出来ない。
見ると、周りの部下たちの銃もみな同様らしかった。
「うわっ!」
弾倉をほじり出そうとナイフを抜いた兵士がいたが、そのナイフはカラシニコフのフレームにピッタリくっついて剥がれなくなった。
「磁石になってる!」
その通り、銃だけではなく彼らの金属製の装備は、全て強い磁気を帯びて使い物にならなくなっていた。
あの青いビームのせいか…
「状況終了!撤収!」
少女の声が響き、三匹のイルカは上空に飛び去った。
と…
マフトフは背後から群衆がにじり寄って来るのを感じて、振り向いた。
事態を察した村人たちが、立ち上がってマフトフの方へ近づいて来る…
中には、磁化を免れたらしい農具を手にしている者もいる。
自分たちの置かれた状況に、マフトフは戦慄した。
さっきまで死の恐怖を与えていた者たちに、丸腰で面と向かっているのだ。
しかも数は、彼らの方が遥かに多い…
「ま、待て…」
浮き足だったマフトフの態度に、村人たちは勢いづいた。
次の瞬間、脱兎の如く走り出したマフトフと部下たちは口々に叫んでいた。
「やめてくれ!」
世界平和部の地球侵略チーム…
空中を自在に飛ぶイルカスーツは高エネルギー反発シールドを備え、あらゆる銃弾、砲弾を受け流した。
そして、強磁化光線銃によってあらゆる金属製の装備や内部の部品は永久磁石と化し、すべての武器、兵器類を使い物にならなくしていった。
イルカスーツのもう一つ重要な装備は、
軍艦や戦闘機といった大型の兵器は、無力化と同時に制御を失って危険な事態に陥る。
それを牽引ビームによって安全な場所まで運ぶことで、一人の犠牲者も出さずに、あらゆる戦力を文字通り無効にすることが出来た。
イルカスーツをはじめとするフィンドリアンの装備は、信幸の思った通り、どの国の軍隊にも負けない実力を備えていたのだ。
つづく
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