第3話「フィンドリアン」

 伊流花は立ち上がると、イルカに話しかけた。

「あなた…誰?」

「我々はフィンドリアン。この星から138光年ほど離れた惑星からやって来た来訪者だ」

「宇宙人!…いや、宇宙イルカ???」

 信幸も立ち上がった。

「なんと呼んでもいい。で、君たちはこの星に恒久的な平和をもたらしたいと望んでいるのだろう?我々はその手伝いが出来ると思うのだ」

「どうやって?」

 伊流花は聞いた。

「我々は、この星で戦争に使われている武器を無効化する技術を持っている。これを君たちに貸してやろう」

「タダでですかあ!?」

 恭子もややポイントの外れた問いかけをしながら立ち上がった。

「対価はいただく。つまりは、この惑星そのものだ」

 平和部の三名は目を見開いた。

 相手は地球侵略を狙っているエイリアンなのだ。

「地球をくれっていうのか?!」

「さっき、そうなってもいいと言わなかったかね?そこの少女よ」

「…言った。でも、話が急すぎない?」

「正直に言おう。我々の星は破滅に瀕している。移住先となる星が大至急必要なのだ。我々の科学力をもってすれば、侵略は容易だ。だが…」

「だが?」

「人手が足りないのだ。技術的な問題で、この惑星まで乗って来た超光速船の定員は一名のみだった。つまり私なのだが、後の戦力は現地調達の必要がある。だから私は我々に協力してくれる先住民を探していたのだ」

 伊流花のビン底メガネが光った。

「わかった。地球はあなたたちにあげるわ」

 信幸は驚いて伊流花の顔を見た。

 本気なのか…?

「そのかわり!」

 伊流花はイルカの鼻先をビシッと指差した。

「人類が永久に、平和に安全に生きられる世界になってから!地球をあげるのはその後よ!」

「よかろう」

 信幸は、出来すぎた話に思わず口を挟んだ。

「本当か?本当にその通りにするって保証がどこにあるんだ?」

「フィンドリアンは嘘をつかない。いや、つけないのだ。これから協力しあう中で、それはわかるだろう。もし、私の言動に一瞬でも嘘偽りを感じたら、いつでも約束をほごにしてもいい」

「すごいですー!」

 恭子は無邪気に拍手しながら伊流花を称えた。

 が…

 信幸はどこか矛盾した交渉の妥結に首をひねった。


 夜が来た。


 世界平和部の三人は、宇宙イルカと出会った川辺に再び集まった。

 フィンドリアンは、暗くなってからここで彼らを宇宙船に招き入れると言っていた。

 人目を避けるための不透視バリアーは、夜の方がより完全に機能するらしい。

「宇宙船…どこから飛んで来るのかな?」

 信幸が夜空を見上げていると、恭子が川面を指差して声をあげた。

「川が割れますー!」

 見ると、その通り水面が左右に割れ、一筋の道が現れた。

 その奥に、ぼんやりとした光を灯す、入り口と思しき空間が見える。

「さあ、入りたまえ」

 どこからともなく、フィンドリアンの声が響いた。

「行こう!」

 伊流花が河原から白く光る通路へと踏み出し、後の二人もそれに続く。


 通路をくぐり抜けて三人は学校の体育館よりも大きそうな空間に出た。

 内部は、想像以上に明るく広かった。

 がらんとしたその部屋の中空に、フィンドリアンが浮かんでいる。

「さあ、君たちに地球侵略のための武器と、それを使うための訓練を授けよう」

 フィンドリアンの言葉と同時に、何もなかった空間に「武器」の数々が現れた。

「こ…これが???」

 その見た目は、三人の想像とはるかにかけ離れていた。


 それから数日間…


 世界平和部の三人は、宇宙船の中で地球侵略の尖兵となるべく訓練を受けた。


 信幸ははじめ、与えられた装備の見た目に強い抵抗を覚えたが、その実力はまったくすごいものだった。

 確かにこれなら、地球上のどんな軍隊にも太刀打ちできるだろう。

 女子二名には、逆にその実力より見た目の方が「かわいい」という理由で魅力的なようだった。


 そしてついに、三人が世界平和のため地球侵略に乗り出すという、正義の味方と悪の組織の目的がごっちゃになった行動に出る時が来た。

「最初の目的地は?」

 信幸の問いに、伊流花は広げた世界地図を指差しながら明確に答えた。

「東欧ナクリア。ルキヤ共和国の侵攻軍を無力化するの。今朝のニュースによると、一般市民が相当ひどい目にあわされてるらしいから」

「海外旅行、はじめてです〜」

 恭子がうっとりしながらのんきな声を出した。

「…言葉も通じないけど大丈夫かな?」

「コミュニケーションの問題なら、何も心配ない」

 心配する信幸にフィンドリアンが言った。

「君たちの装備には、思考音声化装置が付いている。意識せずとも、君たちの言葉は相手に理解できる言語として伝わる」

 伊流花は満足げにうなずいた。

「なら、心配ないわね。私たちが何者かもちゃんと相手に伝わるから」

「学校の名前出すの?世界平和部って名乗るの?」

「まさか…もっとふさわしい名前を考えたわ。今日から私たちは〈国際地上の平和維持軍〉…International Land Peace Keeping Army…略してI.L.P.K.A.イルカよ!」

「カッコいいです〜!」

 恭子は喜んだが、信幸は「平和=Peace」のPがどこかへ行ったような気がして腑に落ちなかった。


 やがて、フィンドリアンの宇宙船は誰にも見られることなく川底から浮上し、東ヨーロッパに向けて飛び立った。


つづく

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