第47話:不穏と停滞の伊勢散策

 散策を終えた海人たちは、一日目と同じくその辺りの飯屋で夕食をとる。現代で言うところの居酒屋スタイルの店だ。海が近いこともあって、新鮮な魚介類が売りらしい。


「……」


 いつもなら穏やかな夕食の時間。しかし、今日ばかりは少し緊張感が漂っていた。

 何せここは敵の勢力圏。いつ襲撃があってもおかしくない。それに――


「結局、人混みの原因は分からずじまいか……」


「ああ。さっぱりじゃ」


 一通り町を見ても、異常に人が多いことを除いておかしいところは何もない。それが海人の現状の認識だ。仁王丸は目を細める。


「陽成院派の関与の可能性は?」


「直接的なものはまず有り得ん。そもそも、これだけの人を集める術式など知らん」


「直接的……ってことは、間接的ならあり得るってこと?」


 海人が割って入る。

 悠天はほんの少し考え込むと、


「有り得る、というより、有り得んことはない、という程度じゃ」


「例えば?」


「そうじゃな……伊勢周辺、いや、東海道一帯の気脈を一時的にでも伊勢へと集中させる何かがあれば、何かの拍子で人流の変化が起こるかも知れん」


「そのようなことが……」


「かなり面倒じゃが、出来んことはない」


「なっ!!」


 さらりととんでもないことを言ってのける悠天。気脈の操作などまったく分からない海人にも、効果範囲が尋常ではないことぐらいは分かる。


――まさか、とんでもないヤツが裏で動いてるんじゃ……


 そう不安に駆られるが、


「じゃが、摂政あのジジイがそれを見逃すはずもない。その線はないじゃろう」


 そう言うと、悠天は腕を組んで天を仰ぐ。結局仮説その一は、彼女自身が否定してしまった。


「じゃあ、結局何?」


「さあ?」


 悠天はあっさり匙を投げる。


「人が多かろうとなんだろうと、別にどうとでもなろう。臨機応変に行こうぞ」


「臨機応変って……」


 色々話した割には雑な結論で締めくくられた。海人は呆れたようにため息をつく。


「とりあえず、この後また町を周ってみましょう。何か分かるかもしれませんし」


「ふむ」


 仁王丸の提案に悠天は首を縦に振った。

 だが――


「神子様?」


「あ、うん……」


 海人の返事はどこか歯切れが悪い。

 というのも、


――今日は早く休みたいんだけどなぁ……


 そう思うのも無理はない。今日の旅程は安濃津から山田まで。距離で言うと約四十キロだ。それに旅も四日目となれば、これまでの疲労の蓄積がある。


――でも、俺が足を引っ張るわけにはいかないし……


 暫しの逡巡の後、海人は苦し紛れの笑みを浮かべて首を縦にふった。


「オッケー、分かった」

 

 ▼△▼


 海人の時計で午後八時。山田の町は夜になっても騒がしい。多少は人が減ったようだが、それでも異常な賑わいを見せていた。


「そうですか……なるほど……」


 今度は見て回るだけでなく、聞き取り調査も行っている。しかし、有用な情報は何一つ得られていない。


「結局、ここに来たのはみんな偶然っぽいな。たまたま用が出来たとか、気が向いたとか、道が通行止めでやむなく……とか」


「……」


 険しい表情で仁王丸は考え込む。その後も聞き取りを続けながら町を周っていくが、やはり怪しいところは無いように見えた。


「やっぱり何でもないんじゃないか?」


 海人にはそうも思えてくる。そんな中、悠天はどこか納得がいかないといった表情を浮かべていた。気付けばその手には餅が握られている。


「どうかしました? てかいつの間に買ったんすかソレ……?」


「いや……」


 餅のことはスルーしつつも、珍しく言葉を濁す悠天。怪訝そうに目を細める海人を一瞥すると、彼女は眉をひそめて、


「……気脈が、妙じゃ」


「……妙?」


 言葉を返す海人。悠天は天を仰ぐ。


「気脈は本来、神気の富む処より生まれ神気の少なき処へと流れる。言うまでもなく、神気に富むのは皇大神宮の最奥。じゃが……」


「逆向きの流れがあるってこと?」


「うむ」


 海人に細かい原理は分からない。だが、彼女が妙と言うならおかしいのだろう。

 そんな時、仁王丸が口を開く。


「皇大神宮ではなく豊受神宮の気脈では?」


 ぴくりと悠天の眉が動いた。

 そう、伊勢には神宮が二つある。内宮こと皇大神宮と、外宮こと豊受神宮だ。

 つまり、大きな神気の発生源は二つあるというわけだが――


「……いずれの気脈でも、本来なら町の外へと流れるはず。じゃが、この気脈は町の中へと流れ込んでおる。いや、町の中で渦巻いているという方が近い」


「それって、つまり?」


「理由は分からん。そもそも、伊勢ではこうなのかも知れん」


 そこまで言うと悠天は目を伏せた。結局これも原因不明。謎が重なっていく。

 しばらくすると、彼女は再び口を開いた。


「それともう一つ。妙に神官が多い」


「いました?」


「ああ。何故か庶民の装いをしておるがな」


 なら何故神官と分かるのか――海人はそんな疑問を抱くが、それを聞くより先に仁王丸が口を開いた。


「単に非番なだけでは?」


「奴らは穢れを嫌う。そう気安く町を出歩いたりはせぬはずじゃ」


 巫女服姿の彼女が餅を片手にそう言う。微妙に説得力がないが、同業者の感覚ではそういうものなのだろう。

 ただ、それはそうとしても――


「なんで神官たちは変装を?」


「分からぬ」


 結局、今回も昼間と同じく成果なし。それどころか新たな疑問が増えた。

 朝廷より与えられた密命――神鏡の皇都への移送。決行は明日の深夜。ただでさえ困難な任務に、不安材料が重なっていく。

 その事実が、海人と仁王丸の心に重く圧し掛かっていた。

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