第26話:大言壮語の所信表明
言わずと知れた名門、藤原家。その祖先は、皇室の祖神
かの神を表象する存在、それが彩天の神子。またに、藤原の権威そのものというのに相応しい肩書。
彼の傲岸不遜な態度は、決して独りよがりな根拠のないものではない。肩書に違わぬ圧倒的な実力に由来するものだ。それに、
――藤原師輔って……
海人は知っている。師輔もまた、満仲と同様に実在の人物だ。史実での彼は、摂政藤原忠平の次男にして右大臣にまで昇る人物。そして何より、あの藤原道長の祖父である。
――普通に超大物じゃねーか……
自分が相対する人物の大きさに今更気付いて、思わず海人は苦しげな表情を浮かべる。しかし、一度踏み出してしまった以上引くに引けない。
力の差は明白。にもかかわらず、奇妙な拮抗状態が海人と師輔の間に成立した。
師輔は冷ややかな目で海人で見下す。
「聞こえなかったか。疾く消え失せよ」
「くっ……」
「身の程を弁えよ小童。無力な者が出しゃばるな。貴様に出来て、我らに出来ぬことなど何一つない。今も、これからもだ」
師輔は顔に影を落とし、肝の冷えるような冷酷なトーンで言い放った。絶対的な力を持つ、平安貴族たちの頂点――藤原氏の権威そのものが、無力で無知なよそ者の少年に現実を突きつける。一同に列する公卿たちも、表情を変えずに彼を見つめていていた。海人は悔しげに唇を噛み、俯く。
――俺だって、来たくてこんな場所に、こんな世界に来たんじゃない……!
思わず、そう返したくなる。何もなければ現代社会で平穏に生き、平穏に死んでいったはずの自分が、何故こんな思いをしなくてはいけないのか。海人は己の運命を呪った。
――お前なんかに言われなくたって……
たしなめられた子供のように、海人は卑屈な目で『彩天』を見上げる。あまりにも大きいその存在。海人がどれだけ背伸びしても、並び立つことすらかなわないように思える。
「……っ」
そんな時ふと彼の脳裡に過ったのは、かの姉弟の顔だった。
はっとしたように、彼は目を見開く。
「そうか。そうだった」
「……?」
師輔は眉を吊り上げ怪訝な表情を浮かべる。その表情を小気味よく思いながら、海人は軽く笑みをこぼした。
「何がおかしい」
「いいや、何も? 確かに俺は無力だ。お前らからしたら、吹けば飛ぶような存在だろうよ」
手を広げ、海人はいつものように軽い調子でそう返す。雰囲気の変わった彼をねめつけて、師輔は首を傾けた。
しかし、海人は根拠のない自信がこもった目で、平安貴族の最高権威と相対する。
――自分が無力なことなんて痛いくらいに思い知った。師輔の言う通り、自分ごときに何か出来るなんて考えること自体が思い上がりなのかもしれない。
海人は、そう内心で自嘲する。何も、自分がヒーローだなんて思ってはいない。自分が『再臨』だったとして、それだけで何かが変わるなんて都合の良いことがあるはずなんてない。海人は、己が弱者であることを自覚している。
「なら」
「でも、お前らはアイツらを見捨てた。犬麻呂と仁王丸……佐伯の姉弟を見捨てたんだ!」
びしりと指を師輔に向け、海人は悲痛な声で言い放った。佐伯――その単語に、公卿たちはにわかにざわつく。師輔の目にも、ほんの少し動揺が混じった。
「都を守って滅ばされた一族の生き残りに、お前らは何もしてこなかった。それどころか、あんなふうに馬鹿にして虐げたんだ! それだけで、俺が出しゃばる理由には十分なんだよっ!!」
朱雀大路で時忠が犬麻呂に行った仕打ちを、海人は忘れてなどいない。そして、師忠、姉弟の立場を考えれば、平安京の貴族たちが佐伯をどう扱ったかなど考えるまでも無かった。海人は目を細め、前に進み出る。
「仁王丸は『再臨』に全てを賭けてた。犬麻呂だって口ではああ言ってるくせに、姉と同じ思いを抱えてるのが見え見えなんだよ……」
「……何が言いたい?」
「俺は期待に応える。俺が最後の希望だっていうのなら、いくらでも『再臨』とやらを演じてやる!」
「……」
「出しゃばるな? 身の程を弁えろ? 馬鹿を言え。俺は、アイツらを絶望させたくない。アイツらが望むなら、いや、望まなくても! 俺はアイツらの力になりたいんだ!! そのためなら、俺はいくらだって出しゃばるぜ。国だろうがなんだろうが救ってやる! それが俺のやり方だっ!!」
大言壮語。そういうより他は無い。そんなことは、何より海人自身が一番よく分かっている。しかし、いや、だからこそ海人は堂々と言い放った。
「国を、救うだと……?」
「ああ! お前らが当てになんないのなら、俺は日和ってる場合じゃねぇんだよッ!!」
「……!」
近衛陣を静寂が包む。公卿たちは刮目して微動だにしない。彼らは衝撃を受けているのだ。あの『彩天』に対して、ここまで大きく出られる人物などそうはいない。まして、彼ほど貧弱な少年とあらばなおさらである。海人の独擅場に、公卿たちはただ息をのんだ。
その中にあっても、師輔は冷ややかな態度を崩さない。彼は心底恨めしそうな目で海人を一瞥した後、大きなため息をついた。
「……実の伴わぬ言葉なぞ稚児の空言にも劣る。連れて行け」
後ろに控えていた護衛の武者たちが、彼の指示で海人を取り押さえる。しかし、海人は師輔から目を逸らさない。
「見てろよ『彩天』! 俺はやってやる! 無力には無力なりの戦い方があることを、いつかお前に見せつけてやる!! そして――」
彼は引き摺られながらも、真正面に紫紺の双眸を捉えて身を乗り出した。海人は大きく息を吸い込み、師輔に、公卿たちに、いや、この世界そのものに向けて宣言する。
「俺はアイツらを救ってみせるからなっ!!」
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