第24話:高宰相の小細工
結界の件については一応の結論が出た。しかし、師輔は険しい表情を崩さない。というのも――
「もし仮に蒼天がこの都にいるとなれば一大事だ。歴史を見るに、彼の神子は一人で容易く国を落とすような化物。生半可な戦力では返り討ちにされて終いよ」
「それもそうですねぇ」
そんな時、一人の男が口を挟んだ。
「しかし蒼天といい、件の影といい、都にそう易々と院方の者を入れてしまっては高階の名も廃りますなぁ。六重結界の管理は高階の役目でしょうに」
ニヤニヤした笑みを浮かべて、嫌味ったらしく師忠を責めるのは橘良相。だが、師忠は特に気にする様子はない。
「これは手厳しい。返す言葉もございません」
彼は上っ面だけの言葉でそう返すと、そのまま視線を外の方に向ける。
「ですが良相卿。
「なっ!!」
何気なく放たれた師忠の一言に、師輔を除く公卿たちが驚きの声を上げた。一気に話題が転換され、彼らの関心はその事件へと向く。
「襲撃だと!? なぜそれを今まで黙っていた!」
「なぜと言われましても、期を伺っていたとしか……」
師忠は公卿たちの反応に困惑気味にため息をついた。だが、彼らの動揺と衝撃は収まるところを知らない。
「本当に陽成院の手のものなのか!? なぜ師忠卿を……」
「規模は? いつ頃の話だ!? 『影』なのか! どんな奴だった!?」
中年の公卿二人が、冷や汗を流しつつ食い気味に尋ねる。師忠は困ったような表情を浮かべていたが、そんな中、一人の公卿が目を細めて彼を睨んだ。
そう、権中納言藤原師輔だ。
「白々しい。九日も前のことを昨日のようにぺらぺらと……」
「へーぇ? よくお分かりで」
再び師忠はいつもの微笑を浮かべ、品定めをするような目つきで師輔を見る。師輔は師忠の意図を解したのか、不愉快そうな表情をより一層強めて横目で彼を睨んだ後、天を仰いだ。
「下らぬ占いをする……検非違使があまりに鈍い故、近衛府の方で調べさせて貰ったまでだ。貴様が報告を怠ったせいで余計な仕事が増えたぞ」
師輔は心底うんざりしたような口調で言い放つ。そして、そのまま視線を上座でニヤついている男に向けた。
「にしても、随分好き勝手やられているようだな、良相よ」
師輔は、官位だけなら格上の良相を呼び捨てにして睨みつける。良相は不服といった面持ちだ。しかしすぐにヘラヘラとした表情を取り戻す。
「いやはや、師忠卿をからかうつもりが逆に私が責められることになるとは。ですが、公卿の従者の襲撃となると、これは右近衛中将である師輔卿の責任にも関わるのでは? 私だけ責められるのは心外ですなぁ」
「戯言を。治安維持はもとより、公卿の警護も本来検非違使の職掌であろう。近衛府は貴様らの尻拭いをしているに過ぎぬ」
師輔と良相がピリ付き始めたところで、高明が「あの……」と声を挟んだ。睨み合っていた二人は彼の方をじっと見る。
「えっと……責任の所在の如何は程々にして、取りあえず議論を進めましょう……ね?」
冷や汗をダラダラ流す青年に、良相は済まなそうに苦笑いを浮かべる。師輔はフン、と一つ鼻を鳴らすと、再びそっぽを向いて口を閉じた。
▼△▼
「して、『影』の目的はなんと心得る?」
しばらくしたのち、左大臣仲平が一同に尋ねた。結局、前回の議題に戻ってきた形になる。
初めに顔を上げたのは実頼だった。
「素直に考えると我らの情報収集でしょうが、それにしては暗殺が多い。おそらく、別の意図もあるのでしょう」
「別の意図……と言いますと?」
「被害者は、在京の東国国司に集中している。奴らは近いうちに何か東で事を起こすつもりなのでしょう」
そう告げる実頼に公卿たちはざわめく。東国など、彼らにとっては辺境も辺境。いくつかの大社があることを除いて、あまり重視されることはなかった。今も在地豪族同士の内紛が起きているようだが、平安京としては不介入を続けている。
だが、最近は少し事情が変わった。
「『回天』絡みか」
師輔が呟く。師忠もそれに同意すると、残りの公卿たちは表情を険しくした。
そんな中、高明は異議を唱える。
「しかし実頼卿、それでは師忠卿への襲撃が解釈不能ですよ?」
「と、言いますと?」
「師忠卿は参議兼神祇伯。東国とは何の関係もありません」
「鹿島社、香取社と神祇省の連絡を断つためという線は?」
「無くはないと思いますが、神祇伯を殺めたところで神祇省の機能は止まらない。朝廷の神社統制に揺らぎは生じない。しかし、そんなことは奴らも分かっているはず……」
「つまり、師忠卿の件についてはまた別の意図があると」
高明は、品定めするような実頼の視線にたじろぎながらも、「おそらくは」と頷いた。実頼はどこか満足げな表情を浮かべて、
「上出来です。して、師忠卿。何か襲撃に心当たりはありませんか?」
すると、師忠は待ってましたとばかりに、ニヤリと意味深な笑みを浮かべた。
「心当たり……ええ、ありますとも」
そう、師忠は知っている。『影』が仁王丸たちを襲撃した理由を。
「丁度いい。是非とも、皆さんに『お会いしてもらいたい人物』をお迎えいたしましたので、この場を借りてご紹介いたしましょう」
彼は待っていた。「彼」をこの場にいる面々にお披露目するタイミングをずっと見計らっていたのだ。
「お会いしてもらいたい人物、ですか?」
「ええ、そうです」
怪訝な表情の公卿たちを自慢げに眺めて、師忠はパチリと指を鳴らす。空気の変化。転移術式の発動――そして、少年は突如招かれる。
「――!?」
「どうぞお入りください、『再臨の神子』様」
ニコリと微笑みかける師忠。海人は、驚きを隠しきれない様子で呆然と立ち尽くしていた。
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