第5話:推しキャラとバイト先

「本当にごめん、ルリ……」


「今朝、大学に行くときにも同じ景色を見た気がします……」


 俺はまたしても猛省していた。


 ルリのカップサイズそのものに感動したわけじゃなくて、俺しか知らない設定に感動したわけだが、それにしてもデリカシーのない行動だったと思う。


「それで、ルリ。ごめん、俺、今日もバイト入れてて……。先に帰っててもらってもいいんだけど、厳しいよな?」


「はい……。今日はマネージャーさんと一緒にいたいです」


「お、おおう……」


 可愛すぎるぜ、俺の推し……!




 ということで、ルリをバイト先に連れていくことになった。


 その前に。


「本屋に寄るか。俺がバイトしてる間暇だろ? ルリは小説が好きだもんな」


「あ、はい……覚えててくれたんですね」


「当たり前だ」


 ルリの趣味は読書。

 ちなみに、これはアイプロのサイトを見れば公表されている超初歩的な情報だ。


 ルリはミステリー系の文庫本を一冊俺の元に持ってきたので、それを買ってやる。


 本を胸に抱えて、「ありがとうございます……!」とお辞儀するルリはめっかわだった。ぐうかわでめっかわだ。




 俺が働き始めるとほぼ同時、ルリをバイト先のカフェのはじっこの席に座らせて、カフェオレを出してやった。


 ルリは甘くしたカフェオレが好きなのだが、喉を大事にしているので、飲んでいいのは一日一杯までと決めている。


 これは、メインシナリオをノーミスでクリアした時にだけ見られるオマケエピソードで言っている超初歩的な情報だ。


「あれが阿久津あくつクンの彼女かい?」


 ホールを見渡しながら、店長・星野ほしのさんが眼鏡の奥から訝しげな視線を向けてくる。


「彼女じゃなくて、いとこです」


「それなら昨日そう言ってくれればよかったのに。親族をわざわざ彼女っていうのは、正直ちょっと気持ち悪いぞ?」


「ですね……」


 いや、それはほんとそう。


「まあ、いいんだけどさ。昨日は結局、果穂かほちゃんがバリバリに働いてくれたからね」


「そういえば、今日、甘利あまりに会ったのにお礼言い忘れました……。今日はシフト入ってないんでしたっけ?」


「今日は来ないよ。まあ、ラストオーダーにお客さんが来たのは別にキミのせいじゃないからね。お礼をいうのはアタシの仕事だ」


「そうですね」


「そうですね!?」


 店長が驚愕している。いや、でも本当にそうじゃん。


「『店長ってかっこいいですね』とか言ってもらえるかと思っていたんだけど……。いやあ、それにしても、可愛らしい子だね。どこかの芸能事務所にでも入っててもおかしくないくらい」


「ですよね!?」


 次は俺が大声を出す番だった。


「うおお、あまり食いつかないでくれ。というか顔が近いよ、ラブコメ漫画のヒロインかキミは……」


「あ、すみません……」


 恥ずかしいことをしたな、と思いながら離れると、呼び出しボタンが押された音が鳴る。


 ……電光掲示板を確認したところ、呼び出しをかけているのはルリの席だった。


 席の方を見やると、なぜか憮然とした態度を見せているルリ。

 さっき持って行ったカフェオレに何か不手際があったか?


「お待たせしました、いかがいたしましたか?」


 一応、店員モードで応じると、一瞬じとっと俺を見た後、


「あ、いや、えーと……」


 と目を泳がせ始める。なんだ?


「あの、その、お水、いただいてもいいですか?」


 そう言って、充分注がれている水を指さす。


「あ、はい、構いませんが……」


 言外げんがいに「結構入ってないか?」と言うと、ハッと気付いたような顔をしてから、バッとグラスを手にとってググッと飲み干す。


「ぷは……お願いします」


「あー……はい」


 喉乾いてたんだな、ルリ。微笑ましい。




 バイトが終わって、ルリと一緒に電車に乗った。(切符というものをかなり久しぶりに買った)


「結構いてるんですね」


 車両の端の3人がけの座席に座りながらルリが言う。


京王けいおう新線は、初台はつだい幡ヶ谷はたがやのためだけの電車だからな……」


「えへへ、そこはわたしの世界・・・・・・と同じです」


 俺が幡ヶ谷に住んでいる理由は、単純に、それがアイプロの聖地だからだ。


 ルリの所属している音無おとなしプロの所在地が旗谷はたがや……もとい、幡ヶ谷なのである。


 だから、ルリも向こうの世界で京王新線(漢字とか呼称は多少違うかもしれないけど)には乗っているということなのだろう。


 倹約家の彼女がアイドルなのに電車移動というのは、サブシナリオも含めてノーミスでクリアし、さらには好感度を最大値まで上げた時にやっと読めるオマケエピソードにて発覚する超初歩的な情報だ。



「にしても、遅くなっちゃったな」

「ですね……」


 今日も23時。よく考えたら、ルミネで着替えさせておけばよかったな。


 夜中に制服で歩いていて、一緒にいるのが成人したばかりの俺じゃあ、補導されかねない。ルリは身分証明書を持っていないだろうし、もし持っていてもこの世界では通用しない可能性が高い。


 自分の行動の軽率さを呪いつつ、幡ヶ谷駅から俺の家までの8分ほどのルートを考えていると。


 ……こてり。


 と、俺の肩に重みが加わる。


 見やると、ルリが寝息を立てていた。


 そりゃ、昨日の夜はちゃんと寝られなかっただろうし、今日は一日中異世界の街を散策させられていたんだ。緊張の糸が切れなくとも、身体は限界を迎えていたに違いない。


 推しの寝顔、尊い……! 守りたい、この寝顔……!



 

 なるべくルリに振動を与えないように、こっそりスマホを取り出し、なんとはなしにtwitterを開く。


 そして、2、3度スワイプしたあと。


「……まじか」


 電車内にも関わらず、俺はつい声を漏らしてしまった。


 その理由は、とあるツイート。




***

 霜田茜@akane_shimoda 5分

 昨日、夢の中であたしが声を担当していた架空の(?)キャラクター描いてみた!笑

***




 なんと、そんなテキストと共に、小鳥遊ルリによく似たイラストが上がっていたのだ。


 俺は本気で驚き、そして、一縷いちるの希望を見出す。


 なぜなら、そのツイートの主、霜田しもだあかねの職業は声優であり、そして。




 彼女こそが、小鳥遊ルリの『中の人』なのだから。


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