第4話:推しキャラとルミネ

「よし、買い物だ……!」


 ということで、電車を乗り継いで、新宿ルミネまでやってきていた。


「あの、マネージャーさん、その……すっごく鼻息が荒いのと目がギラギラしててちょっと怖いですよ……?」


「そんなことないだろ?」


「そんなことあります……」


 見やると、小動物みたいに怯えるルリ。いかんいかん。


 ……などと反省はしつつ、それも仕方ないことだと思う。


 だって、俺はこれから単推しキャラに色々な衣装を着せて、気に入ったものを買い与えることが出来るんだ。まさに、夢にまで見たシチュエーション!




 一軒目。


 試着室の前で仁王立ちしていると、カーテンが開いて、ルリがおずおずと訪ねてくる。


「マネージャーさん、こちら、いかがでしょうか?」


「うん、似合ってる。完璧だ。よし、全部買おう」


「え? いえ、でも……他のものも着てみてどちらか選ぼうかと……」


「選ばなくていいよ。そっちも着てみて似合ってたら両方買おう」


「はあ……」


 ルリがカーテンを閉めて、また中でもぞもぞと着替える。


 そしてまたカーテンが開く。


「えーっと、こちら、いかがでしょうか?」


「うん。最高。ぐうかわだ。そっちも全部買おう」


「は、はい。いや、でも……」


「店員さん、こちら今着たもの全部いただけますか?」


「もちろんですっ! これだけ可愛らしい彼女さんだと彼氏さんもプレゼントしがいがありますよねえ!」


 店員さんはニコニコでレジに案内してくれた。


「かのじょ……」


 ちょっと後ろで頬を染めるルリが今日も可愛い。


 一軒目を出て、


「次はどの店にする?」


 と尋ねると、


「もう服は大丈夫です……」


 とげっそりした回答が返ってきた。


「え、もう終わり……?」


「ええ、終わりです。マネージャーさん、わたしが着たものを全部買おうとするので、もう中止です。わたし、お金を無駄遣いする人、嫌いです」


「き、きらい……!?」


 推しに嫌われた!?


「もう……。どこからそのお金が出てくるのですか?」


「バイトを労働条件以上に入ってるからな」


「ダメじゃないですか……!」


 呆れ目のルリ。


「そんなに稼いで、なにかのために貯金しているのですか?」


「貯金なんかしてないよ。全部『アイプロ』に課金してる」


「アイプロ……って、ゲームですよね? 廃人さんじゃないですか……」


 ルリからの軽蔑の視線が痛い……。


「仕方ないだろ、ルリにいなくなってほしくなかったんだから」


「な、なんですか急に!?」


 ぎょっと目を見開くルリに、なんといったものか、と思いつつ説明する。


「実体のルリにこんなことを言うのもなんだけど、俺にとっては、昨日までルリはソシャゲの中のアイドルだったんだ。つまり、ソシャゲを運営している会社にお金を入れておかないと、サービス終了されたら、ルリとも会えなくなる。そんなの困るだろ? 俺はルリのいない世界で生きていくことができない」


「す、すすす、すごいことをいきなり、たくさん言わないでください……!」


 ルリが目を回している。


「だから、ルリのためにお金を使うことなんて、なんでもない。ほら、好きな服を全部買いなさい」


「若い女の子に入れ上げているおじさんのセリフです……」


「事実だからねえ……」


 自分を客観視せざるを得ないことを言われて、架空のあごヒゲを撫でていると、俺の裾を、ルリが控えめに引っ張る。


「あの、マネージャーさん……?」


「ん?」


「……それでは、えっと、洋服は本当に十分なのですが……」


 そして、俺の耳にそっとその唇を近づけて、言った。


「し、下着が欲しいです……」


「……え、なんだって?」




 ラノベ主人公みたいなことを言いつつ、本当に聞こえなかったわけじゃないので、下着屋さんに向かう。


「えっと……決まったらこれで買ってくれたらいいから」


「は、はい……!」


 だが、この場合の適切な振る舞いが分からないので、とりあえず、財布を持たせて、ルリを見送った。


 頬を赤らめてショップに入っていくルリと、店の外にあるベンチに腰掛ける俺。




 少し待っていると、ルリが出てくる。その手には買い物袋はない。


「どうした、ルリ?」


「マネージャーさん、すみません。その、現金が入っていなくてですね……。どうしましょう……」


「クレジットカードで払っていいよ。……って、それ、俺、店に入らないといけなくない?」


「そうなります……!」


 俺がノリツッコミ気味に言ってると、頬を染めたルリがうなずく。


「で、でも! えっと、マネージャーさんとわたしが、その……! つ、つつ、付き合ってると見せかければいけなくもないかもしれません!」


 一息で言って赤面しているルリをそのままにしておくわけにもいかず、俺は勇気を出して下着屋さんに足を踏み入れる。うわあ、緊張する……。


「あ、彼氏さん、お会計ですね〜。こちらです!」


 店員さんは慣れたものらしいが、なんとなく目を合わせたりはしづらく、顔を伏せていると、商品のタグがちらりと、目に入ってしまった。


 そして、その瞬間、


「…………!?」


 とんでもない情報が飛び込んでくる。


 ……こ、ここ、これは、公表されていないけど、オタクがみんな実は知りたがっている設定では!?


「ま、マネージャーさん! そんなに見ちゃダメですっ!」


「マネージャーさんって呼んでるんですか……? 斬新なプレイですね……?」


「ち、違うんですう……! ちょっと、まね……祐作さんもなんとか言ってください!」


 そんなやりとりの脇で、俺はその事実を噛み締めていた。


 そこに書かれたアルファベットは、『E』。


 その1文字こそ、この世界で俺だけが知ってる、小鳥遊ルリの秘密……!

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