第3話:推しキャラと大学

 単位を取るかルリを取るかを数秒考えた結果、とりあえずは、ルリを連れて大学に行くことにした。


「本当にごめん、ルリ……」


「いえいえ、そんなに怒ってませんよ? もし置いて行かれたら怒っていたと思いますけど……」


 大学の最寄り駅から大学への道すがら、俺はルリに謝る。


 どう考えても、俺の気遣いが足りなかった。


 彼女にとってはニセモノみたいな世界に紛れ込んだルリの心の中をおもんぱかる必要があった。動転していたにしたってひどい。


 反省しながら講義の行われている大教室に入ると、扉の近くに陣取ってくれていた甘利あまり果穂かほがこちらに手を振る。


「遅いよぉ、祐作ゆうさくくん。って、ん……?」


 俺と一緒にいたルリを見て、首を傾げる。


「……まあいいかぁ。あとで自己紹介しよーね」





 授業を終えて、無事に出席扱いにしてもらえた俺は、甘利とルリと学食でお昼ご飯を食べていた。


「で、そちらのめっちゃ可愛い女子高生は誰かなぁ?」


「ああ、えっと……小鳥遊たかなしルリ、なんだけど……分からないか?」


「え、うそ。私、会ったことあるぅ?」


「いや、絶対ないけど……。でも、名前も知らない?」


 食い下がっているのには理由がある。


 というのも、俺は甘利には、小鳥遊ルリというキャラクターを推しているのだという話を何度もしたことがあった。


 甘利とは、1年生の頃、語学のクラスがたまたま一緒で、隣に座った甘利が教科書を忘れた時に俺のを見せた、というありきたりな縁でのつながりだ。


 その日、「お礼とお近づきの印ぃ!」ということでスタバに誘ってくれた甘利に、推しキャラに課金するための金が足りなくて悩んでいると話したところ、ちょうど甘利のバイト先がアルバイト募集をしていたため、紹介してもらったというわけだ。


 だから、甘利は俺の言葉を覚えていてくれるかも、と思ったのだが……。


「え、何? クイズ? アハ体験?」


「……いや、なんでもない」


 どうやら、小鳥遊ルリの存在はとことんこの世界から抹消されてしまっているようだ。


 ルリを見ると、ハの字眉の笑顔を返してくる。


「まあ、とにかくこの子は小鳥遊ルリって言って、その、なんというか……」


 俺は機転を利かせる。


「俺の従姉妹いとこだ。今高2で、うちの大学を志望校にしてるらしく、授業をみてみたいっていうから連れてきた」


「へえー! いとこ! 似てない! ねぇ、ルリちゃん?」


「あはは、そう、ですね……」


 ルリは苦笑いだ。


「私、甘利あまり果穂かほ! 祐作くんと大学とバイト先が一緒なだけのただの女子大生ですぅ」


「よ、よろしくお願いします、甘利さん。まねーじゃ……祐作さんのイトコの小鳥遊ルリです」


「いとこなのに『さん』付け?」


「あ、えっと……」


「なくはないだろ」


 俺が横から差し込む。疎遠な親族なんて、そんなもんだ。


「ふーむ。それにしても、制服で来るっていうのは上手うまくなかったねぇ。タダで授業受けてるのがバレバレになっちゃうからねぇ」


「たしかに……」


 ふわふわした話し方をする割に、さすが進学校に入学しただけあって、甘利は結構頭が働く。制服で居続けるわけにもいかない、か……。


 などと考えにふけっていると、


「それにしてもさぁ」


「……!?」


 甘利が不意にぐぐっと顔を近づけてきて、くんくん、と俺の髪の匂いを嗅いだ。


「甘利……?」


「うんうん……で、こっちは」


「ひゃっ!?」


 そして、次はルリの後頭部に顔をうずもれさせる。

 ルリは突然の感触に硬直している。


「やっぱりふたり、同じシャンプーの匂いだねぇ。昨日、彼女のために帰るって言ってたの、ほんとだったのかなぁ? 付き合ってるのぉ? ふたり」


 甘利は訝しげに俺に問いかけてくる。


「そうじゃないけど……。ていうか、それ・・は変わってないのか?」


「変わってないって……?」


 どうやら、昨日の俺の言い訳はそのままらしい。じゃあ、あの時、甘利は俺の事情を察したようなことを店長に話してくれてたけど、どうなってるんだろう……。


「あ、いや。俺、昨日なんて言って帰った?」


「だからぁ、『彼女の誕生日を迎える瞬間を一緒に祝いたいんです!』って」


「か、かのじょ……」


 脇でルリが頬を赤らめる。


「私は、何か見たいテレビとか生配信とかあるんだろうなぁと思ったから、『私一人で大丈夫ですよーっ!』って、店長を説得して帰してあげたんだけどぉ」


「ああ、そうなってるのか……」


「変なことばっかり言うなぁ……。で、付き合ってるの? いないのぉ? そもそも、いとこってほんと?」


「本当に従姉妹だよ。地方から出てきたから、昨日はうちに泊まってたんだ」


 我ながらよく口が回るもんだ。


「なるほどねぇー。私が祐作くんの家に行きたいって言っても断固拒否だったのに、従姉妹だと泊めるんだねぇ?」


「そりゃそうだろ」


 甘利がどうとかじゃなく、あんなオタク部屋にオタクじゃないやつを呼べるはずがない。

 オタク活動っていうのは、理解できる人同士でやっていくべきなんだ。


「ま、疑う理由もないかぁ。そしたら、私は3限あるから行くねぇ。またね、祐作くん! いとこちゃん!」


「おう、またな」


「は、はい、さようなら!」


 甘利が立ち去って、残った俺に、隣から少し温度の低い声が聞こえる。


「マネージャーさんと甘利さん、仲良さそうですね?」


「いや、まあ、バイト先も学校も一緒だしな……?」


「へえー、認めちゃうんですね」


 なんでねてるんだルリ氏。可愛いぞ、ルリ氏。


「それよりもルリ、俺は今日もう授業ないし、新宿行くか」


「へ? シンジュク? どうしてですか?」


「私服、買わないとだろ?」


「あ、それは……」


 自分の着ている架空の高校の制服を見てから、

「でも、わたし、元の世界のお金しか持っていません……」

 そっと顔を伏せる。


「そんなの買ってやるに決まってるだろ」


「え、悪いですよ……!」


「野暮なこと言うなよ」


 胸元で手を振るルリに、俺は親指を上げる。


「俺は、ルリに課金するためにバイトしてるんだぜ?」

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