第6話:推しキャラと中の人
「おーい、ルリ」
「ほぇ……? はっ! はい、すみません、マネージャーさん!」
「わたしの中の人、ですか……?」
「うん。あ、『中の人』って分かるか?」
「はい、言葉の意味は分かります。キャラクターに声をあてている声優さんのことですよね。たしかに、わたしがゲームのキャラクターでしたら、わたしの中の人がいるのも当然ですよね……! わあー……考えてみるとなんだかとっても不思議です……!」
そのルリを見て少し不安がよぎる。
「ごめん、なんか想像しづらくて申し訳ないんだけど、それってどういう感情だ? 嫌な感じだったらこの話止めるけど」
「あ、いえ、そうではなくてですね……!」
ルリは慌てたように顔の前で手を振る。
「どういう感情かは、自分でもよく分からないのですが、なんだか……マネージャーさん以外にも、わたしを知っている可能性がある方がいるのが単純に嬉しいです」
「そうか……。よかった、俺も嬉しい」
「マネージャーさんも、ですか?」
きょとんとするルリ。
「うん。ルリが嬉しいことは俺も嬉しいよ」
「そ、そうですか……!」
ルリが髪をいじいじする。照れてるらしい。かわいい……。
「でも、」
俺は一応注釈をつけておく。
「霜田茜も、昨日、夢で見たって言ってるだけだから、ルリを知ってるわけじゃない可能性もまだ全然あるけどな」
「そうですよね。というか、あの、ちょっと思ったんですけど……」
ルリはおずおずと挙手をする。
「ん?」
「マネージャーさんは、霜田茜さんのファンなのですか?」
「え、なんで?」
「だって、その……プロッター……じゃないですね、こちらだと、Twitterでしたっけ。とにかく、SNSをフォローしてたんですよね? もしかしたら、霜田茜さんのファンで、その方が声をあててる流れでわたしのことも、その……応援してくださってるのかも、と……」
「いや、フォローはしてるけど、別に霜田茜のファンじゃないよ」
正直、俺は小鳥遊ルリにしか興味がないので、
そもそも俺は、キャラと中の人は完全に分離して考える派だ。
中の人が不倫をしていようと元ヤンだろうと全く気にならない。
twitterをフォローしていたのは、単純に、アイプロ公式のアカウントよりも霜田茜のアカウントの方が、小鳥遊ルリの情報だけを抜き出して届けてくれることが多いからである。
もちろん、別に嫌いということもないが。
よく知らないというのが近いかもしれない。
「俺は、はじめから、小鳥遊ルリのファンだ」
「そ、そう、ですか……!」
ルリがまたいじいじしている。かわいい。
家につくと、iPadをルリに渡した。
「霜田茜の動画、見てみるか?」
「はい……!」
ルリは嬉しそうに目を輝かせながら受け取って、カバースタンドを立てて、ローテーブルに置く。
霜田茜は個人のニコニコ生放送のチャンネル『霜田茜のトモダチ100万人できるかな?』を持っており、月に1回のペースでラジオの公開録音のような配信を行っている。
俺は月額会員なので、アーカイブも含めて見ることが出来るのだ。
重ねていうが、別に俺は霜田茜のファンではない。
あくまでも小鳥遊ルリの情報収集のためだ。
たまに、キャストじゃないと知らないルリの設定とか裏話を話してくれることがあるから。
そういえば。と思ってこっそり霜田茜のwikipediaを見てみたが、その出演作品の欄に『アイドル・プロミス(小鳥遊ルリ役)』の表記はなくなっていた。
ルリが、先月の配信アーカイブを見ながら声をあげる。
「ふわー……わたしと声が似てます」
「そりゃそうだな」
多分、同じ声帯の形してるしな。
「でも、やっぱりルリの方が可愛い声してるよ。霜田茜本人の地声はもうちょっと低いし、別人の声には聞こえる」
同じ声なのに別人の声に聞こえるというのは、声優に対してでいうとおそらく褒め言葉になるのだろう。
それだけ、演技力があるということだ。
霜田茜が他の役、たとえば『
……重ね重ねいうが、俺は別に霜田茜のファンではない。
「そう、でしょうか……」
「ん? 何でもじもじしてるんだ?」
「そ、その。可愛い声してるっていうので……」
「ああ、そういう……」
これはルリを褒めていたというよりも、霜田茜の地声との比較論の話だったのだが、なんだか照れ臭い受け取られ方をしてしまっているみたいだ。
まあ撤回するのもなんだし可愛いからいいか、と思っていると。
「あ、マネージャーさん! これ見てください!」
「ん?」
画面を覗き込むと、そこでは、霜田茜が、
『と、いうことで! 来月の【トモダチ100万人できるかな?】の番組イベントは、なんとサイン会を同時開催します! いえーい、ぱちぱちぱち〜!』
とセルフ拍手で盛り上げていた。
彼女はルリとは違っておしとやかというよりは明るくて元気な声優だ。
『ご来場のみなさんで、当日物販でグッズをお買い上げいただいた方には、買っていただいたグッズにサインをさせていただきますよー! ということで、ぜひぜひみなさん買ってくださいねー。一人も来なかったらちーんって感じなので、本当にお願いしまーす!』
そんなわけはないだろう、と思っていると、
「これ、いつですか? わたし、行ってみたいです」
想定外に我の強い眼差しで懇願されて、俺もすぐにスマホを開く。
こういうのはtwitterで調べるのが一番早い。
霜田茜のアカウントを開いてみると、ちょうど固定ツイートがそれになっていた。その情報によると。
「……今日、だ」
「終わってるんですかあ……」
ルリがへなへなと床にへたりこむ。
「いや、日付的に今日。だから明日だな」
「ほんとですかっ!?」
ルリがシャキッと起き上がる。なんかそういう植物みたいで面白い。
「ちょっと待って、チケットが取れるかは分からないから……」
霜田茜のtwitterを遡り、チケットの販売URLを見つける。
ジャンプしてみると、
「よかった、まだチケット買える……!」
チケットのマークが【△】になっているので、急いで購入手続をした。
「よし、これで大丈夫だ」
「ありがとうございます!」
「よし、じゃあ今日は寝るか」
「は、はい……!」
俺がいうと、突然身体をこわばらせるルリ。
まあ、他にどうしようもないとはいえ、男と同室で寝るのは緊張するか……。
「えっと、あの、マネージャーさん。シャワーを浴びてもいいですか?」
「お、おお……! だい、じょうぶです……! あれ、昨日はどうしたんだっけ?」
「昨日は、マネージャーさんが寝てる間に勝手に借りてしまいました。でも、昨日と違うことが……」
俺が首をかしげると、言いにくそうに、ルリがつぶやく。
「その……寝巻きになるものをかいそびれてしまいました」
「ああ、たしかに……」
ということで、俺が長袖のスウェットとズボンを貸す。
彼女は女子とは思えない速度で(とかいうとジェンダーがどうとかあるのかもしれないけど、)ささっとシャワーから出てくる。
ダボダボの裾。袖。これが、彼スウェット……!
「か、可愛すぎる……!」
「マネージャーさんが着せたんじゃないですか……」
「何その上目遣い、死ぬんだけど……」
「全部口に出てますっ……!」
顔を真っ赤にしてるのはお風呂上がりのせいではなさそうだ。可愛い。
「というか、お布団、あったんですね?」
シャワーを浴びている間に俺が敷いた布団を見て、
「うん。最初ベッドが来るまでこれで寝てたから。……え?」
ルリは、なんだか、むむむ……と口を曲げている。
「なんで怒ってんの?」
「いえ、緊張と覚悟を返して欲しいなって思って……」
「ああ、そういう……」
え、じゃあ布団敷かなかったら同じベッドで寝るつもりだったのか?
俺と単推しが?
いや、そんなの無理だよ、俺、床で寝るよ……。
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