第14話:こうして地獄の特訓が始まった……

 【ValkyrieBraveアリーナ】開催までの期間は残すところ、後一カ月弱。

 漁港都市グリムゲルデから城郭都市ヘルムヴィーケまで、その道のりは徒歩であれば一週間程度で着く。

 その道中に設けられた、いくつかの中継砦を通ることが必要不可欠である。


 最初の中継砦スケグルーーその近郊にある森の中にて、アニエスはまず訝し気な表情かおをどうしても示さずにはいられなかった。


 遥か極東端の海に浮かぶ異国――葦原國あしはらのくにより遠路はるばる、このヴァルハラ大陸へと渡航した大鳥オオトリ兄妹にアニエスは門下生として入門することとなった。



 本人的には別段、門下生になるつもりは実はこれっぽっちもなくて、期間限定的な意味合いで教えを請うたつもりがよもや月謝まで支払う羽目になったのだから、困惑せざるを得ない。


 とはいえど、大鳥オオトリ・ 一颯イブキの実力は紛うことなき本物なのは、アニエス自身がその目でしかと見届けている。


 一見すれば彼の太刀筋は、極めて質素にして地味だ。

 これまでアニエスが目にしたどの冒険者や武術家と比較しても、彼のはあまりに見劣りする。

 それが逆に美しいとアニエスは感じた。

 余計な無駄をすべて省き、簡潔にして実戦的な剣はある種の芸術品であるかのよう。


 自身とはまるで正反対に位置する一颯イブキの太刀筋にすっかり惚れこんだアニエスは、彼のようにあんなきれいな剣が振るえたならば、と一人妄想にふける。


 そんな一颯イブキから早速手ほどきを受ける。


 アニエスは嬉々として近郊の森に彼と共に入ったが、そこで突拍子もない行動を目の当たりにしたものだから、どうしても疑問が拭えずにいた。


 きっと、一颯イブキのことだ。

 何か考えがあったのことなのは、まず違いない。

 そうと頭では理解しても、心が納得しない。

 とうとう我慢できず、アニエスは一颯イブキに尋ねてしまった。



「ね、ねぇイブキ。今から私に剣を教えてくれるのよ、ね……?」

「そうだぞ」

「……だったら、その。どうして腰の剣――」

「これは剣じゃなくて葦太刀あしだちって言うんだ。俺達侍の魂だな」

「あ~……じゃあ、どうしてその葦太刀あしだちを抜かないの?」



 剣の稽古をするのに、相対する者が剣を抜いていない。

 かと言って両手はだらりと下がったまま、ではなく。

 その形だけは確かに、剣を中段に構えている。

 剣を構えたフリをする一颯イブキに、アニエスはますます心中にて疑問が肥大化するのを憶える。



(ひょっとして私のこと、からかってるのかしら……。最初から教える気なんてない、とか?)



 それは恐らくだけど――多分、ありえないことだ。

 現時点での情報はあまりにも乏しく確定させるだけの説得力など皆無に等しい。


 その中でもアニエスがそうと確信したのは、一颯イブキの剣に対する姿勢は真剣のように真っすぐで、眩しいぐらいきらきらと輝いていたから。


 だからこれもきっと、自分の知らない修行の方法なんだ。

 アニエスはそう自らに言い聞かせると共に、ロングソードをべったりと強く握る。



「……一応確認しておく。アニエス、お前……実際の戦闘経験はどれぐらいある?」

「えっと……」と、アニエス。



 とにもかくにも、がむしゃらに剣を振ってきた記憶ばかりしかなくて、具体的な数と指摘されると自信をもってはっきりとした数字は口にできない。


 なんとなく、という曖昧ながらも憶えている限りの情報を総動員させてアニエスは「た、多分10回未満……かも」と、なんとも頼りない回答をもそりと返した。



「じゃあ、その10回未満は人間か? それとも怪異か?」



 と、一颯が続ける。



「怪異?」「こちらでいうところのモンスターですよ」



 リフィルからの補足にアニエスは、あぁ、と納得する。



(いざどっちだって言われてみたら、モンスターの方が圧倒的に多かった……かも)



 冒険者として活動するためには当然、路銀が必要不可欠である。

 そのため各地では冒険者用のギルドが設けられていて、そこで手頃な依頼を代行することで報酬を得る。

 内容次第によっては莫大な富だけに留まらず、名声を得ることだって不可能ではない。

 もっとも、見返りが大きいことは即ち、それ相応の危険があるということ。

 実際に未だ帰還していない者も山のようにいる。


 ほとんどモンスターばかりと相対してきた――より正確に言うなれば、アニエスは未だ下級モンスターの類としか戦った経験しかない。


 これは自身の実力に折り合いをつけた彼女なりの判断で、極めて正しい判断だと言えよう。

 身を弁えず挑み無様に死に体を晒す方が愚か者なのだ。



「た、多分モンスターの方が多かったかも……」

「なるほど。どおりでか」

「ど、どういうことなの?」

「まぁ、それは後で説明してやる。とりあえずまずは打ち込んでこい」

「えっ!? そ、そんなこと言われても……だ、だって――」



 武器も持ってないのに攻撃できるわけないじゃない! 改めて一颯イブキは丸腰のまま、手はあくまで剣を構えている、フリをしているだけ。


 そこに真剣で打ち込めばどうなるかわからないほど、アニエスも幼くはないし愚かでもない。

 如何に剣の腕が立とうと、肝心の剣がなくては話にならない。



「いいから。大方お前のことだ、武器を持ってない相手に攻撃なんて、とか思ってるんだろ――そんな甘い考え方は最初ハナから捨てろ」



 重く鋭い言葉が一颯イブキより放たれた。



「武器を持っていない、無手だから弱い……そんな考え方をしている奴の方がはっきりと言って馬鹿だ。世の中には武器を持たなくても強い奴は五万といる。剣が折れればその辺にある木の棒や石を使え、それがなければ手も足も使え、それさえも使えなくなったら食らいつけ……うちの流派はこういう教え方をしてないが、けど実際にそうして教える流派はいくらでもある。だからお前も甘い考えは今この瞬間からすべて捨てろ――いいな?」

「……わかったわ」



 こうまで言われてしまったなら、アニエスに拒否権などもはやない。


 いつものように、無手だろうと全身全霊ありったけをぶつける気概で、アニエスは雄叫びと共に地を強く蹴った。

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