第13話:地獄の始まり

「それじゃあ決まりだな。あ、先に言っておくけど月々の月謝はもちろん払ってもらうからな。辞める時はちゃんと辞める一か月前に申請すること。後は――」

「え? げ、月謝……?」

「当たり前だろう。俺だってただで教えるつもりはないぞ?」

「うっ……そ、それもそうよね。じゃ、じゃあ今はその、出世払いってことでもいいかしら……?」

「まぁ、現状を顧みたらそれが妥当だな」

「よかった……」と、心底安堵した様子のアニエス。



 本音を暴露すれば最初に入会費を支払う決まりだが、今せっかくの金の要をここで逃がしてしまう方が痛手であるので一颯はあえて黙っておくことにした。そんな彼の意図を知ってか知らずか、楓も沈黙を貫いている。



「――、そう言えばリフィルさん今頃どうしてるだろうな」



 ふと、この場にいない道先案内人の存在に一颯は楓に尋ねる。



「そう言えば……途中までは一緒だったんだけど、私もはぐれちゃったからよくわかんない」

「困ったな……多分、この都市のどこかにはいるんだろうけど」

「ねぇ、あなた達兄妹はどこか向かう最中なの?」

「あぁ、実は俺達はヘルムヴィーケにこれから向かう途中なんだ」

「ヘルムヴィーケ……この時期だと、もしかして【ValkyrieBraveアリーナ】に!?」 

「ん? あぁ、そうだ。もしかしてアニエスも参加するのか……?」



 まさか、と思う一颯にアニエスは「そうよ」と、相変わらず迷いない言葉で答えた。


 自殺行為である。


 どれほどの強者が出場するかはまだ定かではなく、格下相手に瀕死の重体を負っているような輩ばかりが集うような、そんな低レベルな戦いはきっと起きるまい。


 一颯にはそんな根拠なき確信があった。

 現時点のアニエスでは恐らく予選の突破は不可能だろう。

 期限はおよそ一カ月。


 それまでにどこまで彼女が成長するかは、アニエス次第でもあると同時に一颯は、いずれは継ぐ師範代としての力量が今ここに求められていることを深く自覚した。



(いずれは人に教える身になるわけだからな……これも経験として頑張らないと)



 それはさておき。



 結局のところ、ヘルムヴィーケへと円滑に行くためにはリフィルの存在が必要不可欠であり、まずは彼女と合流することが先決だろうと一颯は判断した。



 ただし、これだけの大規模の都市に加え人混みだ、そう簡単に見つかるとは限らない。

 せめて有事の際の取り決めをしておくべきだったと一颯が後悔した、のとほぼ同時。



「――、その心配には及びませんよイブキ様、カエデ様」

「ん? うわっ!」「ひょえぇぇ!?」



 それは音もなく気配もなく、あたかも何もない空間から出現したかのように。

 スッと姿を見せたリフィルに一颯と楓は心底驚いた様子で彼女からバッと飛び退いた。


 今までどこにいたんだ……!? 激しく狼狽する一颯を他所に、リフィルは何故かアニエスの下で丁寧なお辞儀をしてみせる。



「はじめましてアニエス様。わたくしはヘルムヴィーケの領主、フィオナ様にお仕えするメイド兼近衛兵長を務めております、リフィルと申します」

「あ、その、どうも」

「予選参加ならばいつでも、心よりお待ちしております、もっとも、【ValkyrieBraveアリーナ】に出場される戦士は皆強者ばかり。あの程度の格下相手にあっさりと敗北しあまつさえ男性に守られる始末のあなた様には少々……いえ、かなり……いやもう絶望的に厳しいとは思いますが、これも経験だと思ってせいぜい頑張っていただければと願っております」



 またこの人は……。誰ふり構わずリフィルの毒舌に一颯と楓は深い溜息を吐いた。

 当然ながら罵られたと感じたアニエスの顔はたちまち赤みを帯び、眼力は鋭さを増す。

 明確な怒りの矛先が向いても当事者はなんのその。

 くるりと踵を返して心底涼し気な態度で振る舞うリフィルに、一颯は肩を竦めた。


 もう少しどうにかならないものか、と思ったところで彼女の考え方が変わるなどとは最初ハナから期待などしてないが、それでも思わずにはいられなかった。



「……イブキ」と、アニエス。



 怒りの刃はまだ鞘に納まらないと言った様子で、発する言葉も刺々しくて鋭利さを帯びている。



「……なんだ?」

「――、私は強くなりたい。お母さんの娘として、この鎧とロングソードに懸けて! だから徹底的に私を鍛えてちょうだい!」

「……了解した」



 元より一颯に甘やかす、などと言ったつもりは微塵もない。

 アニエスを真の強者にする。双肩に背負った責務と使命感に一颯は、不敵な笑みを小さく浮かべた。

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