第10話:鮮血の路地裏

「あん? どうしてこんなところに男がいるんだ?」



 と、訝し気に見やる女は、如何にも悪党と言った風貌をしていた。


 露出度が極めて高い出で立ちは、意図あってのことか。


 せっかくの防具もあれではただの飾りにまで価値が下落し本来の役目など到底果たせまい、と色々と思うことのある一颯だったが、ふと足元に横たわるそれにハッとした表情かおを示す。


 一人の少女が横たわっていた。


 息はまだ辛うじてはある、が無事とはお世辞にも言えない。

 早急な手当てをしてやらねば命に関わる。


 状況だけを見やれば加害者と被害者がどちらであるかは容易に想像がつき、早速異国の地にて早々に巻き込まれつつある厄介事に一颯は小さく溜息を吐いた。


 女を斬る趣味嗜好はないのに……。


 落胆の感情いろを隠そうともせず、抜刀の体勢に入る一颯に女たちがしばし沈黙して、たちまち火が弾けるようにどっと笑いだした。



「ちょ、ちょっとちょっと! こいつ男なのにアタシ達とやるつもりってかい!」

「いいじゃない、かわいらしくて。よく見たら顔もめっちゃ好みだし!」

「ねぇねぇ、せっかくだからさ。こいつで遊びましょうよ」

「……やれやれ」



 もう少し女性らしく振る舞っていればあるいは、最悪骨折程度で済んでいたかもしれない。

 一颯に女性を斬る趣味嗜好はない、それは嘘偽りなく真実だ。

 女性であれば例え相手が妖怪であろうとも、簡単に刃をひけらかそうとしない。

 心底吐き気を催すほどの外道でない限りは。


 これまでに相対した女性は少なくとも、芯の通った者ばかりで結果斬らずに済んだことにも一颯は大層満足している。


 皆一様にしていい女ばっかりだったから、殺してしまうのはあまりにも惜しい。心からそう思えたからに他ならない。


 この女たちは斬ってもいい外道だ。

 一颯はついに、腰の村正を完全にすらりと鞘から抜き放った。


 露わとなる妖美な刀身を前に、さっきまで余裕の態度を振る舞っていたのが打って変わって険しさを全員、端正だけが取り柄の表情かおにべったりと張り付ける。



「な、なんなのこいつ……」「こ、この気迫……男なのにどうして!?」



 明らかに動揺している女達に、一颯は最後の警告を発した。



「お前達がどこの誰かはどうでもいい。今すぐ退くのなら追わない、退かないのなら……」



 一颯は葦太刀あしだちを正眼に構える。

 しばしの静寂が周囲に流れ――真っ先に切ったのは女の咆哮の如き雄叫びだった。

 どかどかと荒々しく地を踏み鳴らして肉薄する女に、今度こそ一颯は表情かおから感情いろを消した。

 心は滑らかな水面のように静謐で、しかし裏腹に大瀑布の如く強く猛々しく燃やす。

 敵を斬る、それ一点のみに集中したことで一颯の眼光には、真剣のような鋭さを冷たさを帯びる。



「ビ、ビビってんじゃねーよ! だいたい剣持ってても私らに叶うはずがないだろ!」



(撤退なし……か。今後もずっとこんなことが起きるのかと思うと、ゾッとするな……)



 冷静に敵手について、改めて一颯は分析する。

 双方の距離はおよそ6m前後。武器はショートソード、刃長はおよそ二尺一寸約63cm弱。

 構えは上段、それより成されるは唐竹と想像――確信へと固定。



「やぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」



 と、掛け声だけは立派でしかし、剣士としての腕前は二流、それ以下か。

 唐竹斬りを冷静かつ迅速に斬り落とし、そのまま流水のように滑らかな運剣で胸部をとんと刺突する。

 元より装甲が呆れるぐらい薄い板金鎧プレートメイルだ。

 最高にして最強の切れ味を誇る千子村正せんごむらまさの刀の前では紙切れに等しい。

 難なく貫通した勢いのまま、女の左肩をとんと穿った。


 突きの衝撃で女は軽く五メートルほど吹き飛び、残った者達の表情かおからは何が起きたのかまったくわからない、とそう言いたそうな挙措がはっきりと見て取れる。



「な、何……今あいつ、何をしたの!?」

「まったく太刀筋が見えなかった……!」



 動揺の感情いろを隠そうともしない女達に、イブキは小さな溜息をもらした。



(あの程度の攻撃が防げないんじゃ、全然だめだな……)



 先の攻防で、一颯は別段何も特別なことは一切行っていない。

 単純に相手の太刀筋に合わせてまっすぐと太刀を振り下ろしただけ。

 それだけで自らを守る盾となり、同時に相手を討つための刃とも変わる。


 攻撃と防御を同時に行う、それが鬼鉄一刀流おにがねいっとうりゅう:“山颪やまおろし”と呼称されてこそいるが、陰の太刀の極意にして基礎中の基礎技だ。



「……それで、どうする? まだ続けるつもりか?」



 一颯がそう問うと、女らは激しく狼狽した。

 すぐ傍らでは仲間が左肩より赤い汁を滴らせて苦悶の表情かおで呻けば、戦意も自然と削がれよう。

 さっきの刺突も一颯が彼女らにしてやれる最後の良心である。

 次は本当に誰かを斬らねばならない。

 さっさと退散してくれ……! 心からそう切に願う一颯の思いが通じたのか。

 女たちはゆっくりと後退り、次の瞬間仲間を担ぐと蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 我が身を優先した彼女らを一颯は、信条に従い追うことなく背中を見送る。

 戦意喪失して逃走する相手の背中を斬り掛かるなど、侍として恥以外の何物でもない。

 逃げてくれて本当によかった。そう安堵の息をもらしたのも、束の間。

 問題はもう一つ残っていて、一颯は早速そちらの処理へと奔走する。



「おいしっかりしろ! 大丈夫か……!?」

「…………」



 改めて診た少女の容態は、致命傷を間一髪のところで回避していたと言わざるを得ない傷があった。

 本当に後、ほんの数mmズレていれば確実にこの娘の命は尽きていたであろう。


 それでも重症患者にはなんら変わりなく、一颯は――何故この大陸の女性の武装はこうも露出度が高いのだろうか。


 健康的でしかし傷だらけとなった肌に欲情できるはずもなく、逆にあれこれと言及せざるを得ない状況に一颯は自問を繰り返しつつ、少女を背負って大通りへと出た。



「あ、お兄ちゃん!」と、楓。



 ちょうど路地裏から出たと同時に出くわした楓の呼吸は、よく見やるとわずかに乱れている。

 顔も心なしか熱気を帯びて赤い。



(もしかしてずっと、俺のことを探してくれてたのか……?)



 もしそうだとすれば、これは大変申し訳ないことをしたと一颯は深く反省した。

 人混みが苦手で、かつあのねっとりとした視線の集中砲火だった。

 耐えられないと勝手に独断行動したことについて、関係者に多大な迷惑をかけてしまった。

 現にこうして呼吸が乱れるまで必死に捜索した楓に、一颯は頭が上がらない。



「勝手にいなくなって悪かった。だけど今はそれどころじゃないんだよ楓、すぐに医者が必要だ」



 謝罪もそこそこに、一颯が背負った少女の存在に楓もはたと気付くや否や、もう呼吸の乱れは収まり代わりに焦った表情かおを色濃く示した。



「どどど、どうしたのお兄ちゃん!?」と、楓。



 怪我人を背負っているのだから驚くのも無理もあるまい。

 だが異常事態とすぐに察したらしく、楓の迅速な応急処置術に感心する傍らで一颯は、ごほん、と咳払いを一つ。



「すいません、この街に医者はいますか!?」



 一颯が叫んだ瞬間、わいわいと賑やかだった大通りが一瞬にしてしんと静寂に包まれた。



「あらどうしたの?」「具合が悪いならお姉さんが見てあげようか?」



 と、下心丸出しの女性らには一切目もくれず一颯は、あの人ならば恐らく大丈夫そうだろう。


 眼鏡をかけて温厚そうな顔立ちは決まって、心優しいが気弱である、とそんな偏見極まりない印象を感じた女性に一颯はすぐさま駆け寄った。



「すいません、緊急事態なんです! 怪我人を運びたいのでどこに病院があるか教えてもらってもよろしいですか!?」

「ははは、はい! そ、それならあっちに見える緑の屋根の建物の隣がそうでしゅ!」

「ありがとうございます!」

「はぅぅ……噛んじゃいました……」

「気にしてませんしかわいいから大丈夫ですよ、それじゃあ――楓行くぞ」

「う、うん!



 真っ赤にした顔を俯かせてしまった女性を他所に、一颯は病院へと駆けこんだ。

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