第8話:驚愕の真実!
キャプテン・ユーリが言ったとおり、一颯の太刀筋はしかとその身に届いていたのである。
とは言え、肝心の肉体の方にダメージは一切なく。
あくまでも斬ったのは衣服のみ。
即ち
一颯はそういうわけにはいかず、咄嗟に目を逸らしたのが運の尽きだった。
「今ですわワタシの優秀なる船員達! そこの殿方を拘束してしまいなさい!」
「し、しまった……!」
「あ、お、お兄ちゃぁぁぁぁぁぁああん!!」
無数のガイコツが一颯へと襲い掛かる。
所詮はただの骨だ、そう侮っていたことを一颯はこの後すぐに後悔することとなる。
何故ならば彼らは等しく、既に死している身。
即ち死という概念が存在することも、恐怖すらもない。
故に恐れを知らぬただ愚直に命令を遂行する彼らの勢いにいくら剣の腕が立つ一颯でも成す術がなかった。
「ちょ、な、なんだこのガイコツは!? めちゃくちゃ身体触ってくるんだけど!」
ガイコツの無機質な手は絶え間なく一颯の身体をべたべたと触れる。
あたかもその感触を楽しんですらいる挙措に、一颯の顔色はすこぶる悪い。
ごつごつとした固い手で胸板や尻を撫でまわされては喜べるはずもなく、寧ろ屈辱的ですらある。
振り払おうにも多勢に無勢。一、二体をどうこうしたところで戦況が暗転するわけもなく。
しかしそれが、よもや敵自らかもたらすとは予想だにしてなかっただけに、さしもの一颯もこれにはつい「いやなんでお前なんだよ!」と追及せずにはいられなかった。
「ちょ、ちょっとあなた達だけズルいですわよ!」
と、そう悲痛な面持ちで叫んだのはキャプテン・ユーリである。
自身の配下であるガイコツが、主人を差し置いて極上の
ずしりと全身に伸し掛かる重さから解放された一颯は、その後すぐに今度は対照的にふんわりと柔らかく、なんなら甘い香りさえする匂いにそっと優しく包まれる。
答えは単純明快、今が戦闘中であるにも関わらず悲痛な叫び声を楓があげたように、キャプテン・ユーリが一颯を優しく抱擁したからだった。
「あ、あのぉ……ちょっと何やってるんでしょうか?」
と、たまらず一颯はそう尋ねた。
命のやり取りをついさっきまでやっていた相手から、まさかの抱擁である。
ぎゅっと強くしがみついて、絞殺というわけでもなく。
すりすりと頬を胸板に擦らせては、スンスンと鼻を鳴らし匂いを堪能している。
要するにやっていることが、さっきのガイコツとなんら変わらない。
「はぁ……とってもそそる良い匂いですわ。それにこの胸板の感触……最っ高ですわね!」
「ちょ、ちょっとお兄ちゃんから離れなさいよ!」
「お、おい楓!」と、妹の参戦によりもみくちゃにされる一颯。
現在戦闘中ということをもはや感じさせない空気が辺りに漂う。
いつの間にか嵐もすぎて、太陽が少しずつ海上に差し始めた。
周囲もこの状況にもはや戦意は喪失し、今はただ楓とキャプテン・ユーリ、その間にある一颯のやり取りを呆然と見守るのみ。
スケルトンも主人からの命令がなくなった途端、右往左往してやがては静観することを自ら選ぶ始末であった。
「海賊風情がお兄ちゃんに気安く触らないでよね!」
「あらあら、宝とはすべてこのキャプテン・ユーリの手中に納まることこそ意味も価値もあるものですわ。つまりこの殿方も宝であり、ワタシの下に置かれるのは至極当然でしてよ?」
「なんでそうなるのよ! お兄ちゃんは絶対に渡さないんだからね!」
「……あのさ、今が戦闘中だってこと、二人とも理解しているか?」
こうなればもう一颯にも刃を振るう気は更々なくて、溜息混じりに静かに納刀した。
(大陸の女っていうのは、皆こんな感じなのか? はっきり言って魔境だろ)
と、一颯はすこぶる本気でそう思った。
「――、とりあえず俺はお前のものにならないから」
「なっ! このワタシのお宝として永遠に大切に扱われるのに、拒むと言うのですか!?」
「いや当たり前だろ。普通に嫌だぞずっと海の上で生活するなんて」
「慣れれば何も感じなくなりますわ!」
「いや慣れたくないってそんなのに……」
「あのぉ、それではあなたも【
と、このあまりに突拍子もないリフィルからの提案に一颯は目をぎょっと丸くした。
こいつは何を言ってるんだ? そうすこぶる本気で疑問視する一颯に代わるように、楓ががぁっとリフィルへと詰め寄る。
「ちょ、ちょっとちょっと! こんないかにも危ない人……っていうか化け物を大会に出場させるとか何考えてるわけ!?」
「あぁ、これは申し訳ありません。頭が残念そうな方にもわかりやすく説明すると言う配慮を怠ってしまったことを深くお詫び申し上げます――【
「もちろん限度はありますが」と、補足を加えたリフィル。
そんな話は、一切聞いていない。
てっきりと賞金だけしか出ないものとばかり思っていただけに、一颯はあっけらかんと言及したリフィルの言葉に大層驚いた。
(どんな願いでも叶うんだったら、一生遊んで暮らすのも夢じゃないってことだよな……!)
一気に可能性の幅が広がったと一颯が内心でほくそ笑んだのも束の間のこと。
ふと、どうしてリフィルがキャプテン・ユーリに【
一颯はそれがまったくわからなかった。
「……ん? どんな願いでも、叶う……?」
と、一颯はある仮説をふと脳裏によぎらせる。
自ら出した仮説でありながら一颯は、それはありえないことだ、と激しく否定した。
しかし逆に否定するほどにもしかするとそうなのでは、と思い込む己がいた。
すこぶる本気で嫌な予感がする……。一颯は心から切に祈るように、リフィルに恐る恐るあることを尋ねた。
「その、願いって言うのはどこまでが許容範囲なんです? 過去にも大会はあって優勝した奴もいるんだろ?」
「そう、ですね。過去のものとなると例えば城を建ててほしい、や大金持ちになりたい、後は……
「やっぱりか……!」
嫌な予感が悪い意味で見事に的中してしまった。
大会の優勝者はどんな願いでも一つだけならば叶えられる。
結婚でさえも可能ならば、相手にまったく気がなくとも関係ない。
国という権力が働けば、強制的に番にすることも許されてしまう。
例えそれが既婚者であったとしても、きっと例外にもれることは恐らくなかろう。
最悪極まりない情報に一颯は、自分よりもすこぶる本気で興奮した面持ちの楓に、はてと小首をひねった。
「そ、それってつまり、その、きょ、兄妹同士での結婚も可能なの?」
「楓……?」と、一颯。
妹の発言は普段の姿を知る一颯にすれば、生まれてはじめて目にする楓の興奮模様に戸惑いを禁じ得ない。
「もちろんですよ。我が国では普通に兄妹同士による結婚も別段禁忌ではありませんし――あ、そう言えば遥か昔に優勝して弟と結婚したと言う参加者の話を聞いたことがあるようなないような……」
「よしっ!」
「いや何が!?」
お前はいったい何を言ってるんだ!?
顔を林檎のように真っ赤にした楓はひとまず後回しにするとして、一颯は自身が置かれた危機的状況について改めて思考を巡らせた。
(この大会……ひょっとしなくてもかなり俺がヤバくなるんじゃないか?)
人権さえも優勝すればたちまち紙切れ同然にもなる恐ろしさを理解して、だがここで仮に棄権したとしてももはや後戻りはできないと一颯は察する。
楓はともかく、もう一名は俄然やる気に満ち満ちているのだから。
「フフフッ、おーっほっほっほっほっほ! よろしいですわ、ならばその【
「それでは今日より一か月後にヘルムヴィーケへお越しください。尚例え一秒でも遅刻した場合は如何なる理由があろうとも出場は認められませんので、お気をつけてください」
「よろしいですわ――それでは、ワタシのお宝――あなたのお名前を聞かせてもらえます?」
「……一颯だ。
「イブキ……いいですわね、素敵な響きですわ。それではイブキ! あなたはもうこのキャプテン・ユーリが目をつけました。ワタシ、欲しいと思ったお宝は必ず手元に置いておかないと気が済まない性ですの。これまでずっと生きてきた中でこんなにも男が欲しいと思えたのは、イブキがはじめてですわ」
「あ、そうですか……」と、差してやる気もなく返答する一颯。
(こんな俺のどこの何がいいのかがよくわからん……いい男なら他にもいるだろうに)
これについては嫌味でもなく、一颯は心のそこから本気でそう思っている。
そうした彼らに関連する……実際には匂わせた商品一つでも販売しようものなら、わずか一時間足らずで完売するだけの影響力がある。
余談ではあるが一颯もその美剣士として認知されてるものの、如何せん貧乏生活なので他と比較するとどうもいまいちに伸びが悪かった。
尚、当事者である一颯はそんな事実をまったく知らない。
「それではイブキ。その時までとりあえずそこにいるちんちくりんの田舎娘に預けておきますわ。その大会に堂々と優勝してワタシの船の一員兼夫にして差し上げますわ!」
「いやぁ、きついっすね」
すこぶる本気で一颯はもそりと言った。
「だ、誰がちんちくりんよ! そっちなんか見た目はともかく中身はおばあさんじゃない!」
「誰がババアですって!? 訂正しなさいこのちんちくりん娘が!」
「そっちこそ!!」
「……なんかお前ら、仲良くなってないか?」
ついさっきまで殺伐としていた空気だったはずが、今は大海原のような穏やかさすらある。
本当に外の世界は、何が起きるかまるで予想が付かない。
楽しみが三割ほど、残るは不安に苛まれた一颯は心中にて大きな溜息を一人もらした。
ひとまず最初の難は逃れたと、遠ざかる幽霊船を見やりふと、一颯はリフィルに疑問をぶつける。
「その、いいんですか? 人様の大会に人外を招くような真似をして」
「大丈夫ですよ。彼女は参加することができませんから」
「え?」「ど、どういうことですか!?」
リフィルの言葉に一颯と楓は揃って尋ねた。
「先程も申し上げましたとおり、キャプテン・ユーリはあの船から降りることができないのです。つまりどう足掻いても陸に上がって参加することなどできないというわけです」
「あーなるほど。でもそれってバレたらヤバくないですか?」
「ですので気付かれる前に早く港まで行きましょう――全員、すぐに出航の準備をして!」
リフィルの号令の下、軍船ハルバード号は大海原を突き進む。
そしてついに――どうやらあれが件の港であるらしい。
何事もなく無事に到着したことへの安心感はすぐに好奇心へ。
遠くに見える大きな漁港都市に一颯は瞳をきらきらと輝かせた。
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