第6話:船上にてその少女は高らかに笑う、がうるさい

「おーほっほっほっほっほっほっほ!」

「うわっ、うるさっ!!」

「あんな馬鹿みたいな感じで笑う人って実際にいるんだ……私はじめて見たかも」

「大抵あぁやって高笑いするキャラクターというのはおバカなことが多いと相場が決まっているものです。見ていて痛々しいことこの上ないですね」

「ちょ、ちょっとあなた達さっきからなんなんですの!? 言いたい放題言って人を馬鹿にして! 初対面の相手に対してあまりに失礼極まりないと思いませんの!?」



 幽霊船の船首に立つ一人の少女がぎゃんぎゃんと喚いた。

 出で立ちは、至って軽装だ。


 薄紫色の長髪はこの豪雨に晒されても濡れることなくさらりとなびき、黒い帽子に刺繍されたドクロの紋章に禍々しさはなく、寧ろこの少女よりかわいらしく仕立てている。



(なんかあの娘……露出度多くないか?)



 葦原國あしはらのくにの女性は基本、肌を人前で大胆に晒すような恰好はほとんどしない。


 その常識に則れば少女の出で立ちはほとんど肌を晒している。

 すっと伸びた足は太ももを、腹部に至っては完全に丸出しである。


 正直にいって寒くはないのだろうか、と見るからに不相応な恰好に一颯が他人である少女の身を案じずにはいられなかった。


 普通ではないのだから、恐らく動じないのだろう。


 幽霊船に乗船した挙句、既に抜き身となった細身の直剣は、針のように先端が異様に鋭い。


 斬るを主とする葦太刀あしだちと比べれば簡単に折れてしまいかねないその剣だが、刀身に宿る剣気の鋭利さは侮れるものではない。



「リフィルさん、一応確認させていただきますけどあの娘……敵、で間違いないですよね?」

「はい。彼女はキャプテン・ユーリ。かつて海賊だった彼女は大陸近海の覇権を掌握するべく、恐ろしい魔女と契約しアンデットとなったことで人外的な強さと魔力を得ました。その対価が船から一生降りることができない……即ち、海を彷徨い続けるという哀れな呪いです」

「ふん、陸育ちの素人にはこの海の素晴らしさがわからないでしょうね」

「まぁ、人の趣味嗜好はそれぞれだし……否定する気はないけど」

「う~ん、私だったら嫌かなぁ。だって海って広くてすごいけど、それだけだし。陸の方が面白いものいっぱいあるもん」

「……キャプテン・ユーリ。この質問の価値が路傍の石に等しいことを重々承知の上で、あなたにお尋ねします。どうしてこの船を襲うのですか?」

「本当に愚かしい質問ですわね。ワタシ達は海賊、となれば略奪をするのは当然のことでしょうに。それにワタシこう見えてお宝に関しては鼻が利く方ですの――案の定、未だかつてないお宝がそこにありますわね」

「……ん?」

「まさかその船に男が乗っているなんて……ワタシはどうやら神にも愛されているようですわね!」

「……え? ちょ、ちょっと待ってくれ。お宝って……もしかして、俺のこと!?」



 さしもの一颯も、よもや自分が今から誘拐されるとは最初ハナから思ってもいなかっただけあって激しく困惑した。


 可憐な女性を誘拐するのならばまだ納得もできよう――言うまでもなく、立派な犯罪なので即座に処罰されるべきである。


 男が誘拐されたと言う事例ケースは、なかなか聞いたことがない。

 そもそも誘拐犯も男を誘拐する利点がまずないだろう。


 男ならば軟な女性と違って自力で苦境をどうにかできるだろうし、誘拐する側もずっと手間が掛かる。


 大鳥おおとり 一颯の場合、特に誘拐する側はそれ相応の覚悟が強いられる。


 酒呑童子をも斬った男を、この少女はあろうことか誘拐すると高らかに宣言している。


 いくら素性を知らずとも、キャプテン・ユーリの行動は明らかに無謀だと言わざるを得ない。



(俺が、男だから軽んじられているのか……?)



 大陸の方は女性社会である。


 大陸近海を荒らしまわっていたのならば、ユーリと言う少女もまた例外にもれることなく、葦原國あしはらのくにとは異なる常識が根底にあるとしても、なんら違和感はない。


 随分と、舐められたものだ。一颯はくっ、と口角を釣り上げた。



「――、それじゃあ海賊としてその船にあるお宝をすべて奪って差し上げますわ! 者共、やっておしまい!」



 人外とやり合うのは、酒呑童子あの時以来か……。幽霊船の甲板より、ぞろぞろと姿を現す大量の白骨死体を前に一颯は、不敵な笑みを浮かべた。



「お兄ちゃんは下がってて!」と、楓。



 既に抜刀を終えている彼女は、宣言したとおり一颯の前に立って守ろうと気構える。



「楓、お前ひとりが背負いこむ必要はない――いつもどおりにやればそれでいい」



 一颯もここでついに、腰の刀を抜いた。

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