第3話:とんでもな勘違い

 あまりにもあっさりと言い切ったリフィル。


 出場資格がないと言われて、ぽかんとした虎丸はしばらくして、ハッと我に返り猛抗議した。



「な、何故ワシが出てはならんのだ!?」

「申し訳ありません。先にお伝えするのを忘れていました――この大会、【ValkyrieBraveアリーナ】の参加資格は女性だけと決まっているんです」

「はい?」

「あの、それってつまり、どういうことなんですか?」



 再び素っ頓狂な声を出す虎丸に代わって、一颯が尋ねた。


 女性しか参加できない武術大会とは、少なくとも葦原國あしはらのくにではまずありえない、とそう断言してもよい。


 いくら裕福層の娯楽でもその手の歪んだ趣味嗜好はないように、この國にとっての女生徒は大切にするべき存在。言ってしまえば国宝なのだ。


 女性でも益荒男ますらおに負けず劣らず、寧ろ勝る勢いの女武者ならば確かに葦原國あしはらのくににも存在する。


 だが、主催者の歪んだ趣味嗜好のために集い戦わせようという魂胆であったならば――さしもの一颯も、これはとてもじゃないが容認することはできなかった。


 楓をそんな危険な大会に出してたまるものか! じろりと敵意をもって睨む一颯にリフィルは――慣れているのだろう。


 涼し気な表情かおを崩すことなく、淡々と言葉を紡いだ。



「ご安心ください。【ValkyrieBraveアリーナ】に参加される選手は皆一様に名のある強者ばかりです。それに我が国では代々女性が国王として務めております。決して歪んだ性癖などのためでないことだけは、わたくしが保証しましょう」

「……そ、それじゃあ参加資格があるのって――」

「はい。参加するか否か、その決定権はすべてそちらにあります。ですがその、こんな家畜小屋のような貧してひもじくてたった一匹の魚を捕り合うぐらい浅ましい生活から抜け出したいのであれば、このチャンス掴むべきではないでしょうか?」

「おい随分と言ってくれるなあんた」「なんか急に口悪くなってないこの人?」

「あぁ、すいません。わたくし、どうしても思ったことをすぐ口に出してしまう悪い癖がありまして……さっきまではなんとか我慢できてたんですけど、つい」

「それも俺達の前で言うことじゃないよな」「この人、友達いないんじゃない?」

「と、友達ぐらいいます! ま、まず同じメイドのリリーナちゃんでしょ? それに――」

「あぁいい、悪かった。俺達が悪かったのでもういいです。すいませんでした」



 人には、触れてはならない心の傷トラウマがある。


 どうやらこのリフィルというメイドの心の傷トラウマは友人の少なさにあるらしい。


 それを楓が無意識に踏み抜いたものだから、さっきまでの冷静さはどこへやら。

 あからさまに落ち込んでは、床に指で“の”の字を書いていじけてしまう。

 意外とこの人、メンタル弱いかもしれない。そんなことを、一颯は思った。



「――、ゴホンッ。失礼、少々取り乱してしまいました」

「あ、いえ」と、それしか言えない一颯。

「――、それではそろそろお答えを聞かせていただけないでしょうか。【ValkyrieBraveアリーナ】に参加するか、否か……」

「わ、私は……――」



 未だ踏ん切りがつかない楓は、おろおろと一颯とリフィルを交互に見やる。


 助けを求めているのは明白で、ここで参加しなくていいと言えば、きっと楓はそれに素直に従うだろう。


 長年家族としていっしょにすごしてきたからこそ、一颯はそう信じて疑わなかった。



「……無理しなくていいんだぞ」

「お兄ちゃん……」

「……先程申しましたが強制は致しませんよ――イブキ様」

「……ん?」「え?」「なんだと?」



 リフィルが口にした言葉に、一颯達は顔を見合わせた。



「――、どうかされましたか?」

「いや、今一颯って……」



 一颯は歴とした男だ。燃え盛る烈火のような赤髪と端正な面立ちから、化粧の一つでもきちんと施せばひょっとすると、女性と見間違う可能性も無きにしも非ず。


 しかし、爪先から頭頂部てっぺんまで、一颯はオオトリ家の長男として育てられてきた。


 故に女性のみの【ValkyrieBraveアリーナ】への参加はできない。


 それなのに、どうして一颯の名前が出たのか。

 これには一颯のみならず、楓と虎丸も不可思議そう表情かおを示した。



「あの、イブキ様は……そちらの方ですよね?」



 と、リフィルが指差したのは楓の方。



「いやリフィルさん、でしたよね? アンタが指差しているのは俺の妹の楓、一颯は俺のことです」

「え……え? えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

「なるほどそういうことか。いや、でもそこは普通間違うかね……」

「その、一颯という名前だからきっと女の子だろうということで、そのまま……」



 明らかな情報収集不足に、一颯もほとほと呆れ顔を浮かべる。

 だが、リフィルが間違えてしまうその理由についても一颯はわからないでもない。

 一颯という名前は確かに、初見であれば女人と勘違いしやすい名前だ。

 実際一颯はこれまでにも至る方面より女人と勘違いされた経験がある。


 中には、何故そんな紛らわしい名前を、と酷い言い掛かりをつけられたこともしばしば。


 一颯にすれば迷惑極まりないのだが、世の中にこうした声を現実で上げる輩が少なからずいるのは紛れもない事実である。



「どどど、どうしましょう――てっきりこちらの方がイブキ様だと思っていましたので」

「これだと俺に招待状が届いたことになってるな。でも、女性しか参加できないんでしょう?」

「そ、それは……はい」

「じゃあ、どうするんだ?」

「……お兄ちゃん、私出る」

「なんだって?」

「私がお兄ちゃんの代わりとして……一颯として出場する。それなら問題ないよね!」



 と、楓が静かに、だが力強く宣言した。

 それならば表面上なんらルール違反ではない。


 大鳥おおとり 一颯が男性であると言う真実を知るのは、今この道場内にいる面子のみ。


 相手は一颯が男性と言う情報をまだ知らない。

 ならば楓が自らをそう名乗り出場したとしても、恐らくバレる確率は低かろう。

 だが、楓の決定は一颯が良しとしない。



「だけどな楓。どんなに強い奴がいるかわからないんだぞ? それに右も左もわからない異国の地だ、お前にもしものことがあったら――」

「大丈夫だよお兄ちゃん! だってお兄ちゃんも一緒に来るんだから」

「俺も一緒に行くのか!?」

「当然じゃない! お兄ちゃんはか弱い妹を一人、危険な旅をさせるつもりなの?」

「いや、そういうわけじゃ……」



 むっとふくれっ面を作る楓に一颯は慌てて答えた。


 ただ、内心ではさっきの発言にはどうしても言及ツッコミせずにはいられなかった。


 間違っても、大鳥おおとり 楓にか弱いなどという言葉ほど似合わないものはない。


 それは兄である一颯が誰よりも、一番よく知っている。


 名のある武芸者が喧嘩を吹っ掛けた際、こてんぱに身体もプライドも打ちのめし経験さえも楓はある。


 一般の女子であれば真剣を向けられようものなら、大抵は絹を裂くような悲鳴を上げて逃げ惑うところを、大鳥おおとり 楓という少女は自らが刀を手に突撃していく。


 そんな姿を見やれば、か弱い、などという言葉が如何に説得力がないかは言うまでもなかろう。



「何よお兄ちゃん。私と一緒に行くのが……そんなに嫌なの?」

「いや、嫌とかそういう意味じゃないんだけど……」

「じゃあ決まり! まっかせてよ。お兄ちゃんに代わってこの私があっさりと優勝してやるんだから!」

「――、という感じなんですけど。構いませんよね?」

「う、う~ん。こういう場合の対応は学んでいないのですが……、かと言って、このまま不参加であるというのもフィオナ様は望んでおりませんし――わかりました。それではこのリフィル、今回はこちらの手違いが原因ですので目を瞑らせていただきたく思います。それはイブキ様……もとい、カエデ様、お覚悟の方はよろしいですね?」

「もっちろん!」

「では、今よりわたくしと少しだけ太刀合っていただきます」

「え?」と、目を丸くする楓。



 突然すぎるリフィルからの提案に真っ先に動けたのが一颯だった。

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