26.それは、だめだ
チャーム・ティアドロップが
「えぇ、マオちゃん? 乗ってるのマオちゃんなの!?」
己の存在を示すかのように声を放つディモスに、チャームは驚きを隠せない。グラキエース島にディモスが現れた話は聞いていた。しかし、その乗り手たる
そういえばルイズ・ココの、彼女に対する態度が少し変だった気がする。きっとこの事に気づいていたが、チャームには教えたくなかったのではないか。
「……ルイズちゃんにはあとで罰ゲームだねぇ」
『なるほど、グラキエース魔法学園の生徒が、ディモスを――虚無の
そうチャームに告げたアラネア・ニウェウスの声は、楽しそうに弾んでいる。彼女の乗った白き
「話を聞いたときから、お手合わせ願いたいと思っていたんですよ」
操縦席でアラネアはそう語るが、それは通信で繋がっているチャームにしか聴こえていない。
そして、だむ、と鈍い音と共に、その指先から球状の魔弾が放たれる。ディモスは右足を一歩下げるようにして半身になり、その魔弾を回避するが、掠めた胸部装甲の一部が削り取られるように『消失』した。
「ええ……何今の、虚無の魔弾に似てるけど……」
己の力を知らせるように放たれた魔弾に、真織は目を丸くしていた。その当たった部位が消失するという性質が、とても覚えの在るものだったからだ。
すかさずイヴが解説に入る。
『今のは裂空の魔弾ですね』
「れっくうのまだん?」
『性質は虚無の魔弾とよく似ていて、魔弾そのものが空間の裂け目という事です。繋がっている先が虚無の領域ではなく、同じ
「そんなのが出来る
『ええ、それに指先だけであの変換効率。恐らくは――』
表示板に映る白い
『空間の
再び放たれた裂空の魔弾をディモスは飛び退いて回避。そして続く三発目はディモスが出現させた虚無領域への穴に吸い込まれた。
性質が同じなら、
そこで真織は咄嗟に大穴を開け吸い込ませたが、同じ
「何が効くのか、ちょっと読めないけど――」
業を煮やして真織はディモスの五指を
「ハインリッヒの指!」
それは真織の得意技。五指の先端を順に魔法の発動点とする事で、溜めの時間を作らずに放たれる虚無の魔弾の高速連射。
やはり初見でこれに対応するのは難しいらしく、どうにか横に跳んで避けようとしたカイルスは致命傷は免れたものの、右肩の装甲が砕かれ、爆ぜた。
「へぇ、面白い使い方しますね。……でも!」
カイルスが、五指をディモスに向けた。まさか、と真織が思った刹那、裂空の魔弾が暴風雨の如くディモスに向けて叩きつけられる。
慌てて飛び退いて距離をとるが、それでも数発、二の腕と脚部の側面を掠め、装甲がえぐり取られてしまう。
やむなくディモスが着地点からもう一度跳んで後退する。これでおおよそ有効射程の外の筈だ。
「なるほど、私に出来る事は――」
「――私にも出来るんですよ!」
お互いの言葉の聞こえない操縦席でほぼ同時に、真織が悔しげに呟き、アラネアが勝ち誇る。
真織が次の手を迷ったその時。
「っ……ぁあっ!!」
真織の身体に激痛が走った。機体には破損も衝撃も無い。
『マオ、大丈夫ですか』
「……っ、なに、コレ……めちゃくちゃ痛い……」
意図せず溢れてくる涙を上着の袖で拭い、イヴと共に視線をネメシスに向けると、既に二の矢をつがえている。
『怨恨の魔弾……呪詛の
「ティアさんに……恨まれる心当たり、あるなぁ……」
しょっぱい鼻水を啜りながら、この痛みに込められた恨みを推測する。彼女が殺人者だと看破したのは真織なのだから、恨まれているだろうと思った。
『場合によっては一撃でショック死に至ったり、長く痛みが続いたりするそうですよ。なので、まだ『めちゃくちゃ痛い』程度で済んでいる、とも考えられます』
「気休め、どうもっ」
しかし魔法なのであれば、あの矢も変換された
裂空の魔弾であれ怨恨の魔弾であれ、とにかく出力の高い魔法をぶつければ相殺できると踏んで、地面に黒い穴を開け、そこから
その杖の頭を二機の魔装に向けて構えた時、真織の
アイラとエウルは、行く先からの振動やら騒音やらを察知すると、急いでそこへ駆けつけた。
するとディモスの姿が見えた。その上二機の
とは言えディモスと戦闘になっている事から見て友好的ではない相手だろう。ディモスが注意を惹いているうちに、急ぎ巨木の太い幹に駆け寄り、地面より隆起した太い根と根の間に身を隠す。
そこでアイラは、真織の端末に連絡を入れてみたのである。
『あー、もしもし?』
「マオ、ちょっと状況分からないけど……大丈夫? 怪我はない?」
アイラのその問いに、ちらりとディモスの目が巨木の根本アイラ達を見た。そして少し間を置いて、真織が息で笑ったような、そんな声が聞こえた気がした。
『……うん、今のところ大丈夫。それより、出来たらあの子たちより先に、木の上の
「
その時、ディモスの目の前に”白い”穴が開いて、そこから飛び出した
自身の付近とディモス付近の空間を繋げ、一瞬で距離を詰めたのだ。
真織は予測していたのか構えた
「……! 空間の
『そうみたい。それで、この白いのは知らないけど……向こうの黄色いのは、ティアさんが乗ってる』
虚無の魔弾と裂空の魔弾が空中で衝突し、相殺される。魔法の強度は同程度という事のようだ。その直後にカイルスも
魔弾の打ち合いをしながら、白と黒の魔装は空中に戦場を移していく。
真織の言葉で、アイラは大体の事情を呑み込む事が出来た。送り手が
「チャームさんに、
『……大丈夫だよぉ』
その通話に、間延びした声が割り込んだ。見れば、アイラの顔の横でアーチェがにこにこ笑っている。
『ここまで来れたからねぇ。エウルが協力してくれたら、大丈夫』
『……え、誰?』
「ぁ、ええ、と、終わったら話すから、マオは敵機に集中してて!」
ぴしゃりと言って通話を切る。
「えっと、今のって、どういう……」
通話を横で聞いていたエウルが、おずおずとアーチェに疑問を投げかける。
『この巨木はねぇ……木の上にあるタイタニアの
「タイ、タニア……」
『トキ・アニージアの
「……大体わかったわ。あなたが森の妖精だなんて、嘘っぱちってことね?」
アイラ・グラキエースは
『へへー♪ でも今はこの森
「ええええ!? イヴちゃんの同族って事?」
アーチェの言葉に驚いたのは、その場においてエウルだけだった。そのエウルの鼻先に近づくと、アーチェはふんわりと優しい眼差しを、眼鏡の奥に向ける。
『さ、エウル。その根に手を触れて。君の願いを、祈りを、
エウルは、導かれるように手を伸ばす。アーチェは道を開くように、そして彼女に付き添うように、エウルの隣を飛ぶ。
そうしてゆっくりと足を運ぶとやがて、指の先が巨木の根の樹皮に触れた。
『――
カイルスが時折空間転移で幾度も間合いを詰め接近戦を仕掛けてくるが、しかしその度にディモスは距離を離し、魔弾での反撃を試みる。
空中での機動のみであれば、ディモスの方が優位のように見える。しかしそれは機体の性能によるものではなかった。
『大したものです、マオ。空中でこうも動けるとは』
「マイアさん達のお陰かな。このスピードなら、まだ余裕あるよ」
感心するイヴに、真織は得意げに応えた。
銀星隊と共闘した時、ディモスはシンフォニアの上に乗っていただけだったが、それでも真織は周囲の状況から目を離さずに居た。その速度への慣れや、彼女らの機動を見たそのイメージが、ここへ来て活きているのだ。
対してカイルスの乗り手アラネアは、速度に慣れておらず、制御できる自信のある速度までしか出せていない。間合いについては空間転移に依存しているフシすらあったから、空中で彼女の追撃を振り切るのは、真織には容易だった。
それでも地上から打ち出され追いすがる怨恨の魔弾は振り切れないので、それは虚無の魔弾で撃ち落とす。死なないにしたって集中が大きく乱されるし、あの痛みは出来れば二回目は避けたいと、真織も必死だ。
真織の現状の目標は、生命の
対して相手にしてみれば、ディモスがここで存在を示し続ける限り、タイタニアの運び出しが困難だ。
「このまま逃げ回ってれば、私達の勝ち……って」
ちらと地上を見ると、
「それは、だめだ」
そこに、アイラ達が居るのに気づかれてしまったらしい。真織の背筋に冷たいものが這い登る。
黒い翼が、地へ墜ちるように、そしてそれよりも疾く、翔んだ。
夢幻のグリモローブ ―魔法機械と少女の明日― 空 幾歳 @ikutose03
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