25.”そんな事”には使わないよ
大分、
杖や箒無しで
黒木真織は写本の際、
変換された
黒木真織はいろいろ試してみて、最終的には全身を変換された
「でも、慣れた、って思うとすっぽ抜けそうだなー……」
油断は出来ないな、と注意深く
折角なので、今まで直に見たことのない程の大きな樹木を観察しておこうと、周囲をぐるりと一巡り。
すると木の上部、幾重にも重なった木の葉の奥に、この樹木とはまた異なる金属質の光沢が目に入り、よく確認しようと近づいてみて、そして驚愕する。
そこに在るのは枝分かれした木の幹を玉座のようにして、鎮座する緑の巨人であった。
「! これって……
「トキ・アニージアの
足下からかけられた聞き覚えのある声に、真織の背筋を寒気が這い上がる。反射的にその場から飛び退り、身構えながら確かめた声の主は、真織が頭に浮かべた人物に間違いなかった。
「……チャーム・ティアドロップ……」
その
チャーム・ティアドロップは、島の将来を背負って魔法学園に送り出された
この島に居た当事から笑顔を絶やさぬ明るい娘であり、島中の大人たちから可愛がられていた。また勉強熱心で、それに感心した長老から、保管されていた治癒の
初等部の頃はロサノアール島にある
一言で言えば誘拐・監禁されたのである。
後に島の警護隊、
彼女の愛くるしい見た目と笑顔が、その不良男達の劣情と嗜虐心を刺激した。そしてその男達は、それを抑える程の理性も持ち合わせてはいなかった。
それ故に、チャーム・ティアドロップはその身と心に、決して癒える事のない傷痕を残すことになったのだ。
長老はその事件の事を静かに語り、ボアとガイトは神妙な顔でそれに耳を傾けた。
長老は間を空け、続けてこう言った。
「……あの子に、『死滅の
その時の事を思い出した長老の表情は、忌々しげに歪んでいる。
「事件の後、帰ってきたあの子の顔には絶望が貼り付いておった。恐怖と憎しみが貼り付いておった……これを持てば何も恐れることはないと、憎しみを晴らすことが出来ると、あの
そこまで語って長老は、肩を落とし項垂れる。
「そんな老いぼれの身勝手な言葉も、あの子を歪めてしまったのだろうよ……さ、お主らはお主らの仕事を果たしなさい……お縄につく覚悟は出来ておる」
「……禁書の単純所持に、譲渡。決して軽い罪ではありませんぞ、長老」
それだけ淡々と口にして、ボア・ソルダートは己よりも年老いた罪人の腕に、縄をかけた。
ガイト・レオンは何とも苦い顔で、その顛末を手元の書類に記録する。
「……それにしても誘拐の話、
「被害者の保護やら、何かしらの思惑はあるんだろうがなぁ……」
島の警護団は独立性が高く、島を跨いでの捜査の時に上手く連携が取れないこともしばしばあるが、こうした過去の事件の情報まで伏せられているのには、違和感が拭えない。
しかしとりあえず、ボアが気にしているのは目の前の事。
「さて……此度の話、お嬢様方にはなんと話したものかな」
『そっちの花は、色似てるけど、ちょっと黄色味があるから、間違えないでねぇ』
アーチェと名乗るその妖精は、分かれ道で判断に迷うアイラ達に、そう助言を送る。
『あっちに進むと、角熊の縄張りだからね~……うっかり迷い込むと大変だよぉ』
「く、熊さんが……」
『ところでさ……エウル達の目的は
「そうよ。そのものがここにあるとまでは、期待してなかったけど」
木の根が張り出してぼこぼことした道を踏みしめながら、アイラが質問に答えると、妖精はさらに質問を重ねる。
『何で
「友達を……友達になりたい人を、助けるためだよ」
これには、エウルが答える。足取りに迷いはなく、言葉も真っ直ぐだ。
「治癒の
『ふぅ~ん……でも』
アーチェはまた、問いを投げかける。
『その後は、どうするんだい? 目の前にある命なら、その生殺与奪を握る事ができる、大きな力だよ、あれは』
「……分かるよ。お薬と同じなんだよね?」
エウルの言葉に、アーチェははっとして振り向いた。
「お薬も過ぎれば毒になるし、毒だって使いようでお薬になる事もある。使う人が、どんな風に使うかきちんと考えて使わないと、取り返しのつかない事にだってなる。怖い事だよ、とっても」
命に気安く触れる怖さを知ってなお、だからこそ真剣に人の命と向き合うと、そう決めている。そんなエウルの言葉は柔らかく、しかし強い芯を感じさせた。
「もし
『ふむふむ?』
「
「エウル……」
それが黒木真織の事であると理解したアイラは、小さく呟いて、困り笑いを浮かべる。この眼鏡の少女の目には、真織はそのように映っているのか、と。
「私は……その子とは違うけど、見習いたい所がいっぱいあって。同じように、
「そんな事になったら、きっと兄様や母様が騒ぐと思うわよ?」
「元々
「それは、ね……私もだけど……」
『……なるほどね~。それじゃ、もうひと踏ん張りしないとねぇ』
アーチェは何かに納得して、楽しそうに次の目印の花を指差した。
(エウルだったら、トキもきっと納得してくれるかなぁ)
ぼんやりとしているようで、既に大切な事を決めて行動している。エウルのその思いに妖精は、かつての盟友の祈りを託せるかもしれないと思い始めていた。
「……ティアさんがここに居るって事は、
「へえ、それでここまで来たの? 凄いなぁ、マオちゃんは」
お互い安定しない場所という事で、二人とも大樹の下へ降りて、向き合って話をしていた。
「ちょっと
「へぇ~、”送りたい”人がいるとか? 禁書だと捕まっちゃうもんねぇ」
「”そんな事”には使わないよ。私も、エウルも」
チャームの「人を殺したいのか」という煽りに、真織は乗るつもりは無いまでも酷く気分を害されたのを自覚した。
エウルの気持ちを、侮辱されたように感じたのだ。
さらに相手が既に何人もの人を『送って』いる送り手であることもあって、内心恐れても居た。だから、言葉に棘がついてしまった。
冷静で居たいのに、小心者だな、と真織は心の中で己を嗤う。
「”そんな事”かぁ、チャームにとっては大事な事なんだけどなぁ」
「私はティアさんじゃないよ。当たり前だけど」
チャームの頬を膨らせる様は、我儘を聞いてもらえなかった幼児くらいの感覚に見える。しかし、相手は
相手の言動に注意を払いながら、真織は質問を投げかけてみる。
「それより、
「……実はね。チャーム、生命の
チャームは二つの握った拳を目元に、泣きまねをして見せる。しかしすぐに、呆れたように眺める真織に向けて、にっこりといつもの笑顔を作る。
「でも、送り手の中には、所持者になれる子が居るかもしれないから」
チャームがそう口にしたとき、空に、穴が開いた。
そこから落ちてきたものがふたつ、チャームの背後に地響きを立てて着地する。
「タイタニアごと、持って行くことになったんだよねぇ」
その二機の
もう一体は白い。透明感のあるパールホワイトに、額の
その白い
操縦席に乗り込んだチャームは、機体の起動手順を踏みながら、もう一体の
「チャームの『ネメシス』、持ってきてくれてありがと、アラネアちゃん♪」
『いえいえ、
白いショートヘアのその人物、一見少年のように見えるが女性である。白い
『早速運搬作業に入りましょうか……ところで
「あ、そだ、マオちゃんはぁ……あれ?」
機体の足下に居たはずの黒木真織の姿が、どこにもない。不思議に思って周囲を見渡すと、正面に大きな、黒い穴が空いた。
「あれぇ、これアラネアちゃんが?」
『いいえ、違います。これはまさか、最近噂の――』
黒い穴の縁に手をかけ、その黒い空間から這い出してくるのは、黒い悪魔のような
『ティアさん達に、黙って持っていかれるわけに行かないから、さ』
そうしてスピーカーから放たれる声は、先程までチャームと話していた黒木真織の物に相違なく。
『悪いけど、邪魔させてもらうよ』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます