15.いいねぇ、それ
つまり真織達が暮らしている
虚無の領域に干渉できる『虚無の
その空間に安置された
『寮の部屋も在るのでしょう? 何でここに来るのです。
「イヴの
『
「こっちでは下書きしかしないよ」
魔導書とは言うが、それは要するに紙とインクで作られた、魔法を発動するための回路である。どの頁にどんな魔法が在るかを把握し、そこを通過し変質した
こうした写本の過程は
『……それで、課題に使う
「今迷ってるとこ」
「そういえば、イヴって何の役割でここにいるんだろ。アイラ曰く、
『そうですね。例えば一般的な操縦席では魔法を使用する際、操作板で適切な操作が必要になります。音声入力が可能なものでも、正確に発動コードを発声し、
「ふむふむ」
『私のような
「……え、それってつまり、おじいちゃんおばあちゃん仕様じゃない」
『全世界のお年寄りに謝って下さい』
白い目で淡々と反省を促すイヴから、マオは前髪を摘みながら目を逸らす。
『……ところで気になっていたのですが。ハインリッヒとは誰ですか』
「ぁー、それね。父さんの部屋にあった、古い漫画の
『その方とあの
「その人はね、全身改造されて、内蔵武器の塊になってるの。その一つに、指先がマシンガンになってるっていうのがあって」
『マシンガンとやらは解りませんが、弾体を指から高速連射するイメージを、そこから持ってきたわけですね。理解しました。理解しましたので早く正本とする
少し早口になりつつあった真織をイヴは言葉で制し、真織は苦笑で返してから再度、目録に視線を戻した。
「……どうせなら、使いやすいのがいいかな」
『虚無の
「うん。虚無の魔弾ってあれ、出力落としても小さくなるだけで、
『
魔弾と名前が付いているが、解釈を深めて理解したのは、本質的には黒い穴や扉と変わらないと言うことだ。虚無の領域と繋がっている『穴』を、弾丸大かつ強い強度を持たせて発射している。命中した部分を虚無領域に送る事で、そこを破壊するという仕組みだ。
真織がそれを説明する時、穴を対象に当てて抉るイメージから『まあ大根スライサーみたいな感じかな』と例えたら、聞き手のアイラが爆笑していたのを思い出してしまった。
真織のそんな頭の中は置いておいて、イヴは真織のリクエストに近いものをピックアップしていた。
『そうすると四大元素系からでしょうか。火・水・風・土、一応揃っては居ますが』
「うーん、その中からなら……風にしとこうかな。確か空力型の飛翔魔法も収録されてるんだよね」
『ええ。島の上での汎用性は高い部類です。――では、風の
イヴが宣言すると、操作盤の横にスリットが開き、青緑色の表紙の魔導書がせり上がってきたので、真織はそれを手に取った。
表紙をじっと見据えて、真織はポツリと呟く。
「……これだって使い方によっては危険なんだよね」
『どうしました、マオ』
「この世界の『禁書』の話を聞いたんだ。この本とどう違うのかなって」
『理由は諸々考えられますが、それにより得られるメリットとデメリットを天秤に掛けた結果ではないかと』
「メリットとデメリット……」
『確かに風の
「うーん……でもだったら、『虚無の
真織から投げられた質問に、イヴはひとつ頷いた。
『
視線の先には、緑の表紙の魔導書である。
「……どしたの、チャームちゃん?」
「それ、治癒の
「? そうだね。お父さんのお下がりで、ちょっと、版の古いやつだけど」
エウルが首を傾げていると、チャームはごそごそと自分の魔導書を取り出す。こちらも緑の表紙だが、装丁が随分と異なるように見える。
「チャームのも治癒の
「なるほどー……私のは写本といっても製品本だからかなぁ」
この世界の
写本という字義通りであれば手書きが原則なのだが、扱いとしては「
「もしかして、原版アリエス・ケニエさんのかなぁ?」
「そうみたいだけど……写本師さん詳しいの?」
「ぅうん、その人、チャームと同じ村の出身なの。その原版の直接の正本が、チャームの持ってる
「ほぇー凄いんだねぇー」
亜人種族は特定の島で独自のコミュニティを形成している場合が多い。チャームと同じ村という事は、その写本師も羊角族であるというのは、想像できることだった。
「ねね、エウルちゃん。私と
「ぇぇ!? だめだよ、製品原版のさらに元っていったら、凄い貴重品でしょ?
唐突にその少女が身を乗り出して告げた提案に、エウルは驚いて、胸の前で両手を振りながらそう断る。明らかに価値が釣り合っていない。より
「もぅ、チャームが良いって言ったらいいの! こ・う・か・ん!」
チャームは駄々を捏ねながら自分の魔導書をエウルの胸元に押し付けると、机上の魔導書をひょいと取り上げて抱えこむ。
エウルの実家にあったものだから愛着がない訳ではなかったが、特別なものでもない実用品で、さらに代わりがより質の高いものであったので、申し訳無さのほうが勝ってしまったエウルは、はぁ、と溜め息を一つ吐くと、緩く微笑んだ。
「しょうがないなぁチャームちゃんは。大事に使ってくれるなら良いよ。私も大事にするね」
「うんっ♪ ありがとぉエウルちゃん!」
クリーム色の髪が機嫌良さげにぴょこぴょこ揺れるものだから、エウルは何だか嬉しくなってしまうのだった。
「まさか、早速インクの調合からやるなんてね……」
魔法学園の研究棟の一角にある調合室にて、アイラ・グラキエースは額に手を当てて呆れ返っていた。
黒木真織は目の前の長机の上に調合器具を広げ、確認しているところだ。
「いや、何かね、気になったら、やりたくなっちゃって」
「インクの調合が気になったの?」
「というか、
イヴから製品本の風の
同じような
そこで
尚、学生でも作れそうなものが何故製品本に使われていないかといえば、コストパフォーマンスと一冊の本に使えるインクの数の制限の為だろうとのこと。
「せっかく自分で写本を作るんだから、特別感は持たせたいよね」
とはいえ学園の課題としては既製品のインクを使うことを想定しているのだから、自家製インクの費用は抑えねばならないと、使う箇所を術式構成バランスを崩さない程度に限定し、調合するのは三種類としていた。
「……マオは魔法使いに向いてるかも、って思った理由、解った気がするわ」
「なにそれ」
鉱石を砕いた粉末を注意深く天秤の片側に乗せながら、真織はアイラの言葉に問いを投げる。
「興味ない事からは逃げ回るけど、興味持ったら納得いくまでとことん、って所と、イメージをもって具体化していく所。やっぱり魔法使いに向いてると思うわ」
「そうだったら、嬉しいけど」
「そのうち、
そうアイラが口元に指を当ててその想像を語ると、真織はピタリと手を止めて、今まで見せたことのないような、何か企むような笑みを口元に浮かべた。
「……いいねぇ、それ」
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