13.生きていたいんだ
「へぇー、それじゃ、マオちゃん
「う、うん。だから今日も、二人のお迎えのついでに、一緒に案内するからって連れてこられちゃって」
魔法船発着港から
後ろをついてきたはずが、いきなり真織の隣で
その中で、案内する側であるはずなのに真織のどうやら不慣れな様子に、この島の人間ではないという事が看破されてしまったわけである。
「だってそうしないと、マオは寮に籠ってるか、街の外箒で飛ぶか、でしょう」
「街の案内図貰ったし、気が向いたら出歩くよ」
「その気が向くのがいつになるか分からないのよ。私はマオに、早く街の事も知って欲しいの。せめて何をどこに買いに行けばいいのか分かるくらいにはね」
先導しながら肩越しにアイラは告げるが、真織は肩をすくめて、その過保護ぶりに呆れてしまう。
「私の事は良いよ、もう……今日はティアさんとココさんが主役でしょ」
「てぃあ、さん?」
「……あ、勝手に縮めてごめん。ティアドロップだからティアさん」
「ぇぇー、チャームのことは、チャームって呼んでよぉ」
「この世界の子はどうしてこう……もう少し慣れるまで、勘弁して」
どうにも真織の苦手な距離感で、積極的に関わりたくない感じにしているつもりなのだが、この
救いを求めて視線を彷徨わせると、真織を睨みつけているルイズと目が合った。
「「ぁ……」」
ルイズは真織が
一方、真織はその挙動不審ぶりに、勝手な親近感を抱いてしまう。
「……ココさん、緊張してる?」
「ぁ、ぁあ、うん、少し……」
「そっか。案内役がこんな感じで、ごめんね」
その真織の勘違いを感じ取り、苦笑いで返す。
(ああもう、演技とか嘘つくのド下手くそなのに、何だっていきなりこんな事になってんだ! 普通に学生しながらシック探せばいいんじゃなかったのか!)
ルイズは正直、
しかし、ここで島を案内する側とされる側という接点が出来てしまった。学園生活をここで続ける上で、不自然に距離をとれば却ってやりにくくなる事が想定される。
(それにこの黒いの、
真織には恨みもある。が、今の会話でそれ以上に疑問が膨らんでしまった。
「……えぇーっと! クロキさん、だっけ」
「……ぇ、何?」
「いちいち狼狽えないでよ。
「……うん、そう。違う世界って事くらいしか、あんまりよく分かってないけど」
「そういえば、マオにはこの世界と
「昔聞いた覚えもあるんだけど、混沌がどうとかーって」
「ぇえー、それって魔法学問全般の基礎だよぉ?」
「
会話を聞いていたチャームの言葉に、苦笑する真織。
それから真織は、三人からその魔法学問の基礎、世界の構造に関しての話を聞くことになった。
それらの話を整理すると、先ず『混沌』と『虚無』という二つの領域がある。
そこに『時間』が加わり時を進める事により、『混沌』から『虚無』への浸食が起こる。
『混沌』はあらゆるものがない交ぜとなった領域で、『有る』という状態ではあるが、それが『何であるか』は確定していない。逆に『虚無』は何も『無い』という事が確定している領域で、そこに『有る』事である『混沌』が侵食すると、それが『何であるか』が確定してくる。斯くしてそこに、『秩序』の領域は誕生する。
これが何故魔法学問の基礎となるかと言えば、
但し秩序の領域においては、世界を支配する法則が強く働いているため、その法則に反する『魔法で生じた物質・現象』は、多くは一瞬で立ち消えてしまう。その世界の法則とどうにか折り合いをつけて、長期間魔法を維持する事は可能らしい。
転移門については、『秩序』領域内のいくつかの世界の間に、接点が生まれることがある。それが『世界接点』と呼ばれ、この
現在、王国内では三つの世界接点が発見されている。それぞれ別々の世界に繋がっており、整備された転移門は、それが在る島の領主が管理している、とのこと。
「ざっくりと、こんな感じかしら?」
「……何か、思ったより話が大きかった。ココさんもティアさんも、こんなの小学……じゃない、初等部から教わってるんだ」
「こんな感じの世界だからさ。解ってないと生きてくの、難しいんだよ」
ルイズはそう、空を見上げる。その視線の先、色彩豊かな雲の向こうに、いくつかの島影が見えていた。
王国内における魔法具製造業の大手、モントマグナス社のグラキエース支社長、アヤメ・モントマグナスは、褐色肌の青年を引き連れ、自らの屋敷の地下に降りていた。
「第二のデイヴォ候補などと先生は言っていたが……あの人と違って私は、君の実力や将来性には懐疑的だよ。先日の体たらくもある」
「……そうでしょうね。返す言葉もありません」
「だが、あの人に任された以上は、出来るだけのバックアップはしよう。新型機のテストのついでだけどね」
(すげぇな……こんな場所にこんな設備があるなんて)
ボイル・ブラッドはその空間を見渡した。
そこにあるのは、広大な空洞に、コンテナを運び込む搬入口、何かを組み立てるためのクレーンやら高所作業のためのリフトやらが置かれている。
ボイル・ブラッドの目的は、何よりもシック・ウィークの居場所を掴み奪還する事だったが、彼に指示を下した人物は街を襲撃し、島民を『混沌へ送る』事を今回の行動の目的としていた。
ボイルがスーツを着込んだ麗人の後ろをついていくと、その目的を果たす為の道具が、この空間の奥の壁際に、静かに佇んでいた。
炎のような朱色と血のような暗い赤色で塗られたその機体の顔は、鬼のような憤怒の形相に見える。
「我が社の傑作機、ディモスの流れをくむ
「これは……すげぇ」
「彼の起動鍵となる
「は、はい……!」
その機体から感じる
「彼の名は『メギド』。この島を焼き払う、怒りの炎だ」
笑顔。
そこには丸い眼鏡をかけた、エウル・セプテムの満面の笑みがあった。差し出されるカット済みのリンゴは、上体を起こしてベッドに座る少年の口元に。
手枷に繋がった鎖がじゃらりと鳴り、やせ細った手がそのリンゴを奪い取る。
「あっ」
「それぐらい、自分で食べられるよ。そこまで弱っちゃいない」
シック・ウィークは苛立ちを隠す様子もなく、不機嫌な言葉を零すと、奪い取ったリンゴを齧り、咀嚼する。
「えへへ、こうすると喜んでくれる患者さんも多いから、つい……」
「……誰にでもこんな事してるの」
「んー、お年寄りとか、小さいお子さんとか?」
「それと同じ
不機嫌に口を動かす少年に、少女は「しょうがないなぁ」と柔らかく視線を向ける。
「それは皆違うんだけど……同じだよ、皆」
「……何言ってるの、君は」
「あはは、そうだよね。……でも、皆同じ。生きていたくて、何かに苦しんでて、自分が消えちゃうのが、怖くて」
「……」
少年はエウルの手元から、もう一切れリンゴをつまむと、口に運びながら目を窓の外に逸らす。その様子はしかし、エウルの言葉に、黙って耳を傾けているようにも見えた。
「私は、皆がそれぞれ、どんな風に苦しいのか解らないけど。……ううん、誰かの苦しみは、その誰かにしか解らないって、お父さんは言ってたなぁ」
「……何が言いたいの」
「シックくんにはシックくんの苦しさがあって。それで『次の世界』とか期待しちゃうのは、あるのかなって思う」
「……」
「でも、今生きてる他の人を犠牲にするのは、やっぱりおかしいし……それで、シックくんがこの世界から居なくなる迄に、笑って過ごせるのかなぁって、そんなこと、思っちゃった」
「僕の苦しみは、僕にしか解らない……それは君の言う通りだよ」
リンゴの欠片を飲み込むと、次の一切れに手を出すつもりは無いようで、体の前に手を置いた。
「それで、今生きていることが辛い人だって沢山いる。生きてるのが嫌になって、混沌に生命を捧げようとする人だって」
過ぎ去った時間、失われた存在、死した生命、魂は、混沌に還る。混沌循環論と呼ばれるものが、混沌の送り手の下敷きである。
『世界の根源である混沌が、失われたものをまた取り込むのは、秩序たる世界を飲み込む意志があるからだ。混沌より生まれた生命は、それに従うべきである』
『秩序の領域の多くの存在を混沌に送る事、そして自ら混沌に生命を捧げることに、生命の価値は存在する。それを成した魂は次の世界に、より強い力を持った次の生命を授かる事ができる』
『あらゆる生命を混沌へ送れ。より善き次なる世界のために』
そんな思想のような信仰のようなものが、
「……でも、もう一つ、君が言う通りの事があるみたいだ」
力が抜けたような、悟ったような、そんな穏やかな少年の微笑みを、エウルは初めて見たような気がした。
「僕はきっと、生きていたいんだ」
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