第37話「里帰り」

 久しぶりの実家を見て、私の胸はドキドキしていた。


 だって、親にとってみればいきなり姿を消して、何か月後に帰って来たことになる。


 これまでに何故か頭を掠めもしなかったんだけど、警察に行方不明で捜索願を出されているかもしれない。いろんなことで手一杯だったとは言え、手紙の一通でも送ろうと思わなかった自分の親不孝ぶりが嫌になる。


「……緊張している?」


 隣に寄り添うようにして居る那由多は、この前に花嫁争奪戦を終えて、晴れて私の旦那様となることに決定した。とは言っても、他の参加者である二人も、とうに納得済で良かったねと祝福して貰ったけど。


「してる……なんで、今までこっちでの出来事を想像もしなかったんだろう……私が居なくなって大騒ぎになってるはずなのに……」


 もしかしたら、行方不明者としてニュースなんかに出ているのかもしれないと思えば、顔が青くなりそう。かくりよに居た間は色々あったし、那由多のことで頭が一杯になっていた。


「それって、聖良のせいじゃないよ。かくりよって、そういう場所だから。現世と神々の住まう世界との間にあるから……現世での執着は遠くなるんだ。そういうものだから、仕方ないよ」


「そうなの? ……そっか。だから」


 那由多の説明で、不思議に思っていたことが解決した。現世に居る親のことがどこか遠く感じていたのは、そのせいだったのだ。


 私は勇気を出して、インターホンを鳴らした。


 そして、にこやかに出迎えてくれたお母さんから話を聞いた結論から言うと、行方不明になったはずの私の捜索願は出されていなかった。


 勤めていた会社からは、大型連休を休んでそのまま退職することになり、罪悪感に囚われたのか、例の先輩から謝罪の手紙が届いていたようだ。


 家に居たお母さんは、私がこうして天狗と紹介した那由多を夫として紹介しても全くと言って良いほどに驚いていなかった。


「えっ……お母さん。なんで、どうして?」


 普通に考えれば有り得ない状況に、私は唖然とするしかない。ここに来るまでどう言おうか、なんて説明しようかとぐるぐると頭を悩ませてきたのにすべて無駄だった。


 リビングのダイニングテーブルに座って私が聞けば、お母さんは穏やかに笑った。


「あのね。あんたの亡くなったおばあ様が、聖良には早く踊りを習わせた方が良いって言ったって言ったのを……覚えてる?」


「うん」


 その事自体は、良く覚えている。おばあ様はもう亡くなってしまったけど、幼かった私が夢中になって踊りを習うようになった。


「聖良の顔は、あの人の叔母さんに当たる人に似ていたらしくてね。踊りが上手で、舞姫と呼ばれていたそうよ。その人も、聖良と同じように神隠しに遭ったんだって。だから、私は何度もおばあ様に、言われていたのよ。あの子はもしかしたら、大きくなったら天狗が迎えに来て、神隠しに遭うのかもしれないって……そう。何度も何度も、聞いていたのよ。だから、この前に忽然と姿を消したから……お父さんともしかしたらって……」


「おばあ様が……?」


 そういえば、前世のせりには、歳の離れた姉が居たはずだ。


 正直今の段階では那由多が迎えに来た辺りの記憶しか蘇って来ていなくて、その事はうっすらとしか覚えていない。けど、そうか。せりの姉の子ども……あれが、きっと私のおばあ様だったんだ。


「そうそう。だから、あんたが姿を消した時に、おばあ様が言ったことは、きっと間違ってなかったんだねって……不思議よね。子どもがいなくなったら、大騒ぎするところなのに、私はやっぱりそうだったと納得していたのよ。聖良が神隠しにあって、天狗の花嫁になっても。こうして、たまに実家にも、顔を出しに来てくれるなら……どこか遠方に嫁に行ったと思えば、良いからね」


「お母さん……」


 なんだか、しんみりとしてしまった。けど、さっき那由多も言ってたように。私がかくりよに居ることで、私に対する執着のようなものが薄くなっているのかもしれない。天狗の花嫁として攫われて、私はもう……戻って来ないから。


 何もかも、上手く行きすぎているような気がしなくもないけど。おばあ様の言い残してくれたことで、これまでに私が心配していたことは、全部杞憂に終わったみたいだ。


「聖良が、今幸せだったら。親の私たちは、それで良いのよ。かくりよっていうところには私は行けないのは、残念だけど。素敵な人と結ばれて、結婚出来て良かったわね」


「お母さん……ありがとう」


 また必ず来ることを約束して、早々に那由多と一緒にかくりよへと帰ることになった。


 あやかしの那由多と同様に、彼の伴侶となりかくりよ生活が長くなっている私も、もう天狗に近い状態だから只人であるお母さんの近くに居ることは、あまり良くないらしい。


 私と那由多は山へと戻り、彼は空を飛ぶために美しい漆黒の翼を背中から出した。


 満月の明りに照らされて、不思議と艶めいて濡れているようにも見える。


「……本当に綺麗……なんだか、黒い翼なのに天使みたい」


 那由多は、私による見たままの素直な感想に苦笑した。


「天狗の翼は、それぞれだけど……俺は、ただ親父の色を継いだだけ。俺たちの子どもも、きっと……黒い翼になるよ」


 私は那由多に言われて、そっかと頷いた。


「私も、もうすぐ天狗になるんだよね? 違う色になるの?」


「いや、ならないよ。俺から神通力を貰うから、俺の色になる。そういうものだから」


 そういえば、那由多とそういうことをすると、私に彼の神通力が流れ込んで来て……。


「そうなんだ……多聞さんみたいな、白に茶色が混じっているような色も綺麗だなって思ったけど……」


 本当に、純粋に色を見て、ちょっとそう思っただけだ。別に多聞さんの方が良いって言ってる訳じゃないのに……なのに。


「何。俺の色だと、嫌なの?」


 那由多は、多聞さんと比べられたと思ったのか。目に見えて、拗ねてしまった。この頃、彼は出会ったの無表情とは大きく違って、表情をくるくると変えるようになった。五十年前に会った彼よりも、もっと幼く見える気がしないでもない。


「ふふっ……多聞さんは素敵なのに、なかなか花嫁決まらないんだね。優しくて良い人なのに」


 アイドルみたいな顔をしているのに、優しくてその上大人な気遣い上手。那由多が居なかったら、彼を選んでしまっていたかも。


 あくまで那由多が居なかったら、の話だけど。


「多聞は、好みがうるさいんだよ。天狗族では数少ない女天狗からは、あんなに秋波を送られているのに、全く相手にしなかった。だから、聖良のことは気に入っていたんだな……最初から」


 那由多はそう言いつつ、複雑そうな表情になった。


「私。そういえば、最初に会った時に好みですって言われた。可愛いって言ったら否定されるから。僕の好みですって」


 完全に、覚えてはいないけど。確か彼はそんなことを、確か言っていたような気もする。背の高い那由多を見上げれば、ますます仏頂面になった。


「……そういえば、あの時言われてた。俺も聞いてた。あー……多聞、今回は本気なんだなって思ってた……嬉しかった?」


「うん。あんな美形に褒められて、それは嬉しかったけど……那由多は私に興味ないんだなって、そう思って。残念だったから」


 まさかそういう話にの流れになると思っていなかったのか、那由多は慌てたようにして言った。


「ちっ……違う! そんな事はなくて……俺も良いなって、思ってて……それで」


「それで……?」


 慌てている様子の那由多に、少し意地悪をして言った。彼の顔を見れば赤くなっていて……これから、何を言われるかは予想がつくからだ。


 那由多は一瞬言葉に詰まってから、ますます赤くなって言った。


「想像していたより、凄く可愛かったし……あの時は、緊張してた。どう接したら良いか、わからなくて……」


「好みだった?」


 私は那由多に、手を差し出して言った。これから二人で、彼の故郷の鞍馬山に行くつもり。明るい満月に照らされて、目に見える景色は幻想的。


「うん。すごく」

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